民俗学を専攻する大学院生のM君は、数カ月前にダムの底に沈むことが決まった、ある山奥の廃村を訪れました。
すでに住民は全員立ち退いており、誰もいないはずの集落です。
M君の目的は、その地域にだけ残る独自の「葬礼(お葬式の風習)」を調べることでした。
夕暮れ時、M君は村の外れにある古い寺を見つけました。
本堂の引き戸は朽ち果て、中は薄暗く荒れ果てています。
彼が懐中電灯の明かりを頼りに、位牌や古い古文書を探していると、本堂の奥にある「開かずの間」のような頑丈な物置小屋に突き当たりました。
その小屋のドアには、太い注連縄(しめなわ)が幾重にも巻き付けられ、錆びついた大きな錠前が3つも掛けられていました。
普通なら恐怖を感じて立ち去るべきところですが、研究欲に駆られたM君は、近づいて観察を始めてしまいました。
注連縄の一部は経年劣化でボロボロに千切れています。
木製のドアには、経年で木が歪んだのか、指が一本入るほどの隙間ができていました。
M君は懐中電灯の光をその隙間に差し込み、片目を押し当てるようにして中を覗き込みました。
中は四畳半ほどの狭い空間でした。
家具などは一切なく、部屋の中央に、ホコリを被った大きなお盆のようなものが置かれています。
その上には、人間の頭ほどの大きさの「丸い何か」が、赤黒い布に包まれて鎮座していました。
(これは、この村の土着信仰の神体か何かか……?)
M君がじっとそれを見つめていた、その時です。
「ズ、ズズ……」
不意に、部屋の奥の暗闇から、何かが床を這うような音が聞こえました。
M君は心臓が跳ね上がるのを感じながらも、目を離すことができません。
暗闇からゆっくりと這い出てきたのは、異常な姿をした老婆でした。
手足が昆虫のように奇妙な方向に曲がっており、骨と皮だけの体で、蜘蛛のように床を這っているのです。
老婆は、部屋の中央にある赤黒い布の塊に近づくと、それを愛おしそうに撫で始めました。
M君は恐怖で全身の血が凍りつき、息をすることすら忘れていました。
(早くここを離れなければ。見つかったら殺される)
そう本能が告げているのに、体が恐怖で一歩も動きません。
すると、老婆がピタリと動きを止めました。
そして、ゆっくりと、本当にゆっくりと、首をこちらへ向けてきたのです。
その首は、人間の可動域を超えて、真後ろにまでグルリと回転しました。
老婆の顔には、目がありませんでした。
くり抜かれたような暗い穴が2つ、ただ開いているだけです。




























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