奇々怪々 お知らせ

不思議体験

うどさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

傘を閉じる日
短編 2026/06/30 00:45 52view

「やっぱり! 久しぶり、卒業して以来じゃん!」

男の方が、懐かしい笑顔で俺の肩を叩いた。だが、その手からは冷たい水が滴り、俺のスーツを濡らした。二人は傘も持たず、滝のような雨に打たれながら平然と立っていた。

「あ、ああ、久しぶり……」

俺は引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。

「今から仕事? スーツ着てカッコいいじゃん」

彼の口には猛烈な雨がなだれ込んでいて、声は溺れたようにゴボゴボと聞き取りづらかった。

「いや、俺は……その、ちょっと求職中で。これから会社説明会があってさ」

言い訳じみたセリフが口をついて出る。

「そっか! 大変だろうけど、良いところ見つかるといいな!」

彼は屈託のない笑顔で励ましてくれた。その横で、彼女の方が微笑みながら「そうだ」と、自分の左手を差し出してきた。

「私たち、結婚したんだ」

差し出された二人の薬指には、お揃いのシンプルな指輪が鈍く光っていた。

幸せの絶頂にいるはずの彼女の顔を見て、俺の心臓がドクンと跳ねた。

激しい雨で化粧は崩れ、黒いマスカラが頬を流れ落ちていた。目元はぐしゃぐしゃなのに、笑顔だけは崩れない。そのアンバランスさが、ひどく気味悪かった。

それなのに、二人は少しも気にしていない。ただ無邪気に笑っていた。

「お、おめでとう……」

声を絞り出した瞬間、目眩がした。

俺は周囲を見渡した。

誰もがずぶ濡れだった。

誰もが前へ進んでいた。

俺だけだった。傘を差しているのは。

「……じゃあ、俺、説明会あるから行くわ」

「おう、頑張れよ!」

二人の笑顔に背を向け、俺は再び歩き出した。

雨粒が傘を叩く音だけが、やけに大きく響く。

交差点を渡りきる手前で、俺は立ち止まった。

柄を握る手に力を込める。

2/3
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。