頼む、聞いてくれ。
手が震えてて、うまく打てないんだけど、洒落にならないことが起きてるんだ。
俺のばあちゃん、死ぬ前の数年、認知症がひどかったんだ。
施設に入ってたんだけど、俺が行くたびに俺のことを「ケンジ」って呼ぶようになった。
ケンジは、ばあちゃんの弟。昭和30年代に20歳そこらで死んだらしいんだけど、詳しいことは誰も教えてくれなかった。「可哀想な死に方だった」とだけ。
施設のスタッフには「話を合わせてあげて」って言われてた。
だから俺は「うん、ケンジだよ」って嘘をつき続けた。
それが、すべての間違いだったんだと思う。
「ケンジ、あっちの生活はどうだい」
「……まあまあかな。遠いけど、元気にやってるよ」
そう答えるたび、ばあちゃんは安心した顔をする。
でも、その顔がだんだん変になっていった。
笑ってるのに、目が笑ってない。皮膚が突っ張って、まるで別人の顔を無理やり被せてるみたいな、そんな違和感。
ある時から、変な夢を見るようになった。
ドブ臭い路地裏で、全身泥まみれの男が俺の足首を掴んで離さない。
「代われよ」「お前がケンジなんだろ」「代われよ」
朝起きると、足首に指の跡がくっきり残ってた。内出血みたいな、どす黒いアザ。
最期の日、夕方のことだった。
ばあちゃんの個室、西日が差し込んでて、影が異様に長かった。
ばあちゃんがいきなり、俺の手をギュッと握った。骨が折れるかと思うくらいの力で。
「ケンジ。……お前、死ぬとき苦しかったか」
喉の奥がヒュッて鳴った。
「電車に飛び込んだ時。あの、肉が焼ける臭い。体がバラバラになる音。聞こえてたんだよ。ばあちゃん、ずっと耳の奥で、お前の叫び声が聞こえてたんだよ」
親戚が言ってた死因と全然違う。自殺だったんだ。
ばあちゃんの目が、真っ赤に充血して、俺の顔を食い入るように見てる。
その瞳の奥に、俺じゃない「何か」が反射して映ってるのが見えた。
「……苦しくなかったか。なあ、ケンジ。痛くなかったろ?」
「……苦しくなかった。……全然、痛くなかったよ」
そう言わないと、殺される。本能でそう思った。
俺がそう答えた瞬間、ばあちゃんはニチャァって、ありえない角度まで口を吊り上げて笑った。涙が、鼻血みたいな色をして流れてた。




























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