通話の切れたスマートフォンを横目に、松岡はベッドサイドに置かれた写真をぼぉっと眺めた。
そこには、松岡と女性、そして男の子が楽しそうにピースしていた。
翌日早朝、新幹線で移動中の松岡は複雑な思いで、流れる外の風景を眺めていた。
ーーーまさか、自分が再び尾久根の地を踏むとは思いもよらなかった、と。
***
10年前、松岡は○県警の刑事として活躍していた。
小さな港町で、豊かな自然とゆったりとした空気が気に入っていた。
だが、そんなのどかな地で世間を揺るがす大事件が起きたのだ。
○県の尾久根山・麓にある工場で、産業廃棄物が長年不法投棄されていた事が原因により大規模な公害が発生した。
ーーーこれが、尾久根事件のあらましである。
当時、松岡は事件の全容を解明する為に寝る間も惜しまず捜査を続けたが、それに時間はかからなかった。
尾久根山はおろか、空気や川は汚染され、そこに生きる生物は大量死した。
それは、麓の町で生活を営んでいた人々にとっても同様である。
汚染された空気や水を介して作物、魚を摂取していた人々は奇病に冒され、あっという間に病院はパンク状態になった。
言語障害や骨軟化症、喘息症状に苦しむ人達で町は溢れかえる事態となる。
特に、小さな子供達の死亡が甚大であった。
そんな中、松岡には拓海という5歳になる息子がいたが、多分に漏れずこの奇病に冒され、短い生涯を終えた。
喘息に悶え、苦しい、苦しいよ、と呟きながら事切れた最期を生涯忘れる事はないだろう。
小さな身体にはたくさんの管が繋がれ、ヒュー、ヒュー、と力なく呼吸する痛々しい姿が脳裏に焼き付き離れない。
ーーー後に、この事件は公害事件に認定されると、謎の奇病は“尾久根病”として特定疾患認定を受け、今でも多くの人々がこの尾久根病と闘っている。
この地から決別しようと、思いを振り切る為に異動した。
その筈なのにーーー。
***
「まもなくーーー到着いたします。お忘れ物のないようーー」
到着を告げる車内アナウンスに松岡は我に返った。
窓の外は、10年前と変わらない風景が広がっていた。




























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