幸いにして一命を取り留めたものの、意識回復後のBさんは介護なしには暮らせぬ廃人と化し、ベッドの上で「きらきら」「ぴかぴか」と、意味不明な独り言を延々呟いていると聞きました。
何にせよ借主の長期入院が決まった以上部屋を放置するわけにいかず、俺が退去手続きを代行しました。
仕事を終えてさあ帰ろうとした時、お隣の305号室のドアが開いているのに気付きました。
Aさんが出かけたんだろうか。
戸締りもしないで不用心だな。
そう思って何気なくノブを掴むや、室内の異様な光景が飛び込んできました。
Aさんが日頃から寝起きしているワンルーム、その306号室との境の壁一面に、床から天井に至るまで紙が張られていたのです。
「何だこれは……」
付け加えると、Aさんの部屋は妙にがらんとしていました。必要最低限の物だけ持って逃げ出したように。
「まさか夜逃げか?」
だとしたらこのまま帰るわけにもいきません、事実確認の必要があります。
逸る気持ちを押さえて靴を脱ぎ、よくよく室内を観察した所、ちょうど目の高さの紙の端がめくれ、ぴかぴか光る銀色が見えました。
Aさんの部屋の壁に貼られていた謎の紙の正体は、壁の方に表面を向け貼られていた、アルミホイルだったのです。
「Aさんはノイローゼだったのか……?」
聞いたことがあります。精神病を患った患者の中には電磁波やマインドコントロールから脳を保護する為、頭にアルミホイルを巻く人がいるそうです。
隣人トラブルで精神を病んでしまったAさんは、壁を隙なくアルミホイルで覆うことで、傍迷惑な騒音や奇声を防ごうとしたのでしょうか?
俺はそこまでしなければならぬほど追い詰められたAさんに深く同情すると同時に、一見地味で大人しそうな彼女が秘めた狂気に戦慄しました。
嫌な予感は当たり、その日からAさんは帰ってきませんでした。
仕方なく期日満了を待ち退去手続きをした後も、壁に貼られたアルミホイルの意味と、トラック運転手の奇妙な証言が頭から離れませんでした。
Aさんの失踪から一週間後……。
久しぶりに学生時代の友人と会って飲んだ俺は、隣人ガチャに外れて悩んでいる彼の愚痴を聞かされました。
「あ~あ、こうなりゃもー正面から怒鳴り込んでやろうかな」
「やめとけって、刺されたらどうするんだ」
「じゃあどうすりゃいいんだ、専門家としてアドバイスくれよ」
「そうだなあ……縁切り神社や占いに頼るとか?」
「本気か」
「案外馬鹿にしたもんじゃないぞ、困った時の神頼みって言うだろ」























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