石田からLINEが来たのは、ちょうど仕事帰りの電車に揺られているときだった。
《百物語、やることにした。今週金曜、夜七時、俺んち集合》
メッセージの下には、ろうそくがぐるりと並んだ薄暗い部屋の写真が添えられている。
また変なことを始めたな、と苦笑いした。けど、参加しない理由も特になかった。
金曜の夜、俺は駅からバスに乗り、石田の家に向かった。彼は大学の同期で、今はライター業の傍ら、小説の真似事のようなものも書いている。古い一軒家をリノベした平屋に、一人で住んでいた。最寄り駅から歩いて二十数分、灯りの少ない住宅地のはずれにその家はあった。
ドアを開けると、すでに何人か集まっていた。大学時代の友人が二人、あとは知らない顔が三人。合わせて七人。年齢も職業もバラバラのようだった。
部屋の中央には、細い白いろうそくがぐるりと円を描くように並べられ、そのひとつひとつに火が灯されていた。照明は落とされており、部屋全体が蝋燭の淡い光で照らされている。
「一人一話ずつ、怪談を語る。話し終えたら、ろうそくを一本消す。百話終わる頃には、何かが現れるっていう、江戸時代の遊びさ」
石田は少し芝居がかった口調で言った。
「ただし、話は本気でやる。作り話でも体験談でもいい。嘘でも構わない。ただし、語るときは、信じて話すこと」
酒と簡単なつまみが出され、夜の百物語が始まった。
最初の話は、理系の大学院生だという男だった。ある地方の廃道を歩いていたとき、何度曲がっても同じ看板が現れるという話。GPSも狂って、ようやく脱出できたときには、時計が三時間巻き戻っていたという。
二人目は石田。小学生のころの友人が、夏休みのあと誰も覚えていなかった話。文集にも写真にも名前がない。けれど、自分だけがその子のことをはっきり覚えている。
三人目は、看護師だという女性。病院のナースステーションで夜勤中、誰もいないはずのICUからずっとナースコールが鳴っていた。実はその部屋の患者は、その前夜に亡くなっていたという。
蝋燭が一本ずつ消されていくたび、部屋の空気がじわじわと冷えていく。最初は気のせいかと思ったが、十本、二十本と進むにつれ、妙な緊張感が部屋に満ちてきた。
俺は五番目だった。何を話そうか迷っていたが、数日前に見た夢の話をすることにした。
「夢の中で、知らない街を歩いてた。街灯が一つもなくて、建物の窓って窓に、誰かの顔がぴったり張り付いてる。けど、目がなかった。全部の顔に目がなくて、穴だけ空いてる。怖いって感覚はなくて、なんというか……自分のことを全員が知ってる、って感じがした」
話し終えて、一本、ろうそくを吹き消すと、火の匂いが鼻をかすめた。なんとも言えない、甘ったるいような、焦げたような匂いだった。
夜は進んでいた。スマホの時計はすでに二時を回っていた。
蝋燭は残り三本。
九十七話が終わった。
そのとき、それまでほとんど口を開かなかった細身の男が、すっと立ち上がった。二十代の後半か三十前後か、年齢不詳の、目元の薄い男だった。
「この話は……本当は語っちゃいけないんだけど」
そう前置きして、彼は語り始めた。
「十歳のとき、山で迷ったんです。林道を外れて、ずっと歩いてたら、ぽつんと明かりのついた家があった。助けを求めて入ったら、白髪の老婆がいた。でも顔がなかったんです。鼻も目も、なかった。なのに、俺にご飯を出してくれた。喋らないし、音もしない。俺は怖かったけど、なんとなく食べて、寝てしまった。起きたら、そこはただの岩場だった。でも手には、飯粒がくっついてた」
話し終えると、九十九本目のろうそくが、誰も触れていないのに、ふっと消えた。
部屋は暗く、重くなった。スマホの明かりすらつけたくないような、ぬるりとした沈黙が流れる。
最後の一本が残っている。
誰も口を開かない。
石田が立ち上がった。






















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