昔勤めていた会社に出勤したときのこと。
街中のオフィスビルゆえに駐車場がなく、自転車通勤をしていました。
当時の勤め先は始業時間がやや遅く、朝は10時出勤でした。このくらいの時間になると人もまばらになるので、街中かつ駅前とはいえそこそこ静かです。
いつも通り自転車を停めていると、後ろから初老の男性に「ちょっとすみません」と声をかけられました。
はい、と振り返ると、上背のあるスーツ姿で、背がぴしりと伸びたサラリーマンらしき方でした。冬だったのでコートも着ていらっしゃったんですが、無理な感じではなく、全体的にとてもスマートな印象でした。
道を訊かれるのかな? と思いました。私の勤め先が入っているビルはそこ近辺の地名が入った『〇〇町ビル』みたいな名前なのですが、少し離れたほうにもほとんど同じ名前のビルがあるのです。(『▲▲〇〇町ビル』のように)
なので時折、そちらのビルと間違われた方に道を訊ねられることがありました。今回もすぐそれだと思ったのです。
男性はとても申し訳なさそうに、「すみません、ちょっとお尋ねするんですが」
「この辺りでペンギン見ませんでした?」
ひとつもおかしい様子はなくそう仰いました。
「この辺りで見たって聞いたんですが」「見てませんか」「近くで……」
ロマンスグレーの整った髪を撫でながら続けられてしまい、私はとにかく「いえ、すみません、この辺では見てないですね」と答えるのが精一杯でしたが、
男性は「そうですか」「この辺にいるって聞いたんですけどねえ……」と辺りを見渡し、だんだん私のことが目に入らなくなっていく様子だったので、適当に誤魔化してすぐビルに逃げ込みました。
エレベーターを待つ間は気が気じゃなかったのですが何事もなく、その日のお昼に恐る恐る自転車置き場を覗きましたが男性はいませんでしたし、以降は退職するまで彼を見かけることもありませんでした。
怖いといえばもちろん怖かったのですが、どんな事情であれ、彼があの日ペンギンを見つけられたことを祈っています。


























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