……夜になった。
私は焚き火をみつめながら、その辺に生えていたタンポポを煮出した、お手製の茶を飲んでいた。
ふむ……少し苦味が出てしまっただろうか。
しかし悪いことばかりではない。
いま自分が腰を下ろしている座石を撫でてみる。
手触りがしっとり気持ちが良い。
縄文時代なら部族王が座っていそうな、上品で滑らかな石だ。
やんわり咥え煙草に火をつけて、夜空を見上げる。
遥か彼方に煌く星。
原始時代の昔より星々は変わらず宝石のように輝いているのだ。
宇宙のスケールに比べたら、私の8年目の留年など些末、些末。
それにしても、夏とはいえよく冷える。
ウヰスキーでもあれば胃を温められるのだが。
おやおや、火が消えそうだ。
再び森の中を分け入り、薪を集める。
む、なにやら光っているぞ。
懐中電灯の灯りだ。
近づいてみれば、同窓のミロではないか。
……そうだ 私はいま林間学校に来ているのだ。
なぜ六十代の野営みたいなことをしていたのだろう。
「おいミロ!」
「……やあ君か。どうしたんだい?」
ミロは怖がった顔をしている。
「河原で野営をしているのだ。焚き火を起こし、石を撫でて過ごしている。」
「それは凄いね……君が、ダントツに林間やってるよ。」
「度し難い程に林間だ。ところで俺を旅館に連れていってくれまいか?酒を調達したいのだ。」
「え、いや……そっか。うん、ついておいで……」
こうして私はミロと旅館へ向かった。きっと旅館では、同窓達は私がいない事を気にもしていないだろう。
俺は同窓達と上手くやれていない。表面的には年上の俺を敬っているように振る舞うが、陰で俺を「加齢性排尿後尿滴下」などと揶揄している者もいるらしい。
旅館で酒を調達したら、迅速機敏に河川敷へ戻るとしよう。
それはそれとして、途中、野営者風の首吊り死体にすれ違う。
が、ミロは気づいてないようだ。騒がれても面倒だ。悪いが放っておこう。
「おいミロ 将来の夢は持っているかな?」
「……」
どうやら私の声に気づかないようだ。難聴か?
さらに森を進みゆくと、進行方向の彼方から馬鹿騒ぎする声が聞こえてくる。同窓の奴らだろう。
よほど楽しんでいるらしい。夕食は野外で肉炙り宴だったか?私には関係ないが。
森を抜けた。
年季の入った旅館が眼前に現れた。
自然豊かなことに、庭には薮が生い茂っている。
窓はことごとく割れ、通風性が良さそうだ。
正面玄関の扉は外れて床に朽ちており、趣深い。
「これは、廃旅館ではないか!!」
驚きの声をあげてミロの方を見やる。
ところがそこに彼の姿はなかった。
仕方ないので旅館に踏み入った。
玄関先の広間では同窓達が地べたに胡座をかいたり寝そべったりして談笑をしている。
彼等に近づいてみると、誰も彼も目の焦点があっていない。中には口から涎を垂らして笑っている者もいる。
「……なんだ、おまえ来ちまったのか」
担任教諭の声だ。
声の方を振り向くと、教師達が私を見据えていた
「指示した事は覚えているか?連れていってやるからとっと行くぞ。」
私は担任に連れられて再び河川敷へ向かった。
その道中、行きに見かけた首吊り死体を担任が見て
「これか……」と呟いた。
それはさておき、
担任にこの異常事態のわけを尋ねた。
「実は先生達な、お前達から集めた旅費を全て横領したんだ。」
「……」
「そしてその金は、全て夜の繁華街に溶けた。」
「……」
「あの日々、先生達は人生を謳歌してたよ」
「……中等教育機関の倫理観ではないですよ?」
倫理観が寺子屋の担任はまだ話を続ける
「でもな、先生達まだ仕事を失いたくないんだ。そして散々悩んだ末に思いついたんだよ。
生徒どもを宿泊費無料の廃墟に泊めさせればいいんだと」
「……」
「怪談によくあるだろう。暗い顔をした女将のいる不気味な宿に泊まって、朝に目が覚めたらそこは廃墟でしたってお決まりのやつだ。寿命は縮むかもしれないがタダ宿にはありつける。それを全生徒に『御案内』したわけだ」
「無茶な」
「出来るか出来ないかではなく、やるべきかやらざるべきか。そこに人間の成長がある。ちょうど頭のおかしい友人から、うってつけに技巧派な呪いの廃旅館があると教えられたときは小躍りしたよ。」
「類は友を呼ぶと言いますが……」
「このまま生徒どもに最終日まで幻惑を見させて、ラリっているうちに帰りのバスに担ぎこめば、そのあとはなんとでもなる。正気を取り戻したときに多少混乱する奴もいるだろうが、そこまでいけば誤魔化しも効くものだ。」
「そう上手くいくものでしょうか。……ところであの藁人形はなんだったのでしょうか。」
「あれは頭のおかしい友人のコレクションからとっておきを盗んだんだ。霊感の強いやつが持つと体調不良になるそうでな。まぁ他にも用途はあるんだが。旅館の敷地内に入る前に廃墟だとばれると幻惑の効きも悪くなりそうだから、おまえみたいに霊感のある奴をふるいにかけさせてもらった。」
「なるほど。確かに俺には昔から霊がはっきり見えますがね。」
「友人は俺と違って良いやつだ。……こーんな外道な用途とは思ってもいないだろうがな」
担任は、なぜか私の顔をまじまじと見つめる。
「確かに、やっていることは狂ってますが……二つ質問しても良いですか」
「良いぞ。生徒の質問に答えるのが教師の仕事だからな」
「その藁人形は友人に返すんですか?」
「もうおまえのものだよ」
「え?」
「もう一つの質問は?」
「……どうして私に全て話してくれたんですか?」
「もうお前は手遅れだからだ」
「……確かに私は留年を繰り返してますがそんな言い方しなくても……」
「そうだな、それだけなら酷い言い方であるな」
「何なんですか……ところで……」
「なんだ?」
「私は最終日までどう過ごしたら?」
「だから河原でソロキャンプをしてろって。
日中はキノコ狩りでも何でも好きにしたらいいさ。
ラム酒も届けてやるから、夜は星空や川のせせらぎを肴に一杯やんな。
……なんせこれは林間学校なんだからよ」























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