老婆は編み棒を止め、じろりとこちらを見上げる。
「……あんた、それをよその者に教えるつもりかい?」
中年の男は少しばつが悪そうに肩をすくめる。
「別に悪いことを調べてるんじゃねぇさ。ただ、こいつが探してるんだ」
老婆は視線をこちらへ移し、鋭く観察するような目を向ける。
まるで「信用できる人間かどうか」を見極めているかのようだ。やがて老婆はしぶしぶ立ち上がり、紙とペンを手に取った。
「……仕方ない。だが、あんた、どうなっても知らないからな」
俺は少し身を強ばらせながら頷く。
老婆の視線が鋭く、背筋にぞくりと寒気が走る。
中年の男は紙とペンを受け取ると、手早く文字を書き始めた。その動作は慣れているかのようで、迷いもためらいもない。俺は息を飲みながら、中年の男が書き終えるのをじっと見守った。
やがて男が筆を置く。
その紙には「鼃醫鸕鷃瘀龢驥鸜懸蠱」
思わず息を呑む。意味も読み方も、全く想像がつかない文字列だった。
俺は恐る恐る中年の男に尋ねる。
「……これ、なんと読むのでしょうか?」
男は肩をすくめ、少し困ったように頭をかく。
「読めないよ。そもそも、どう読むのか誰も分からない」
大学生の俺はさらに踏み込んで尋ねた。
「読めないって……そもそも、この名前は何なんですか?」
すると、編み物をしていた老婆が口を開いた。その老婆の声には、どこか慎重さと、警告めいた響きが混ざっていた。
「これは、この村に古くから伝わるものだ。神なのか、それとも妖か、正体は誰にも分からん」
すると老婆はゆっくりと口を開き、昔話を始めた。
「昔々、この村に何かがやってきた。
何かは、村の者たちに自分は何者かと問いかけてきた。
村の者たちはそれに答える事ができなかった。
神なのか、妖なのか、それともただの化け物なのか誰にも分からなかった。
その何かは勝手に村に住み着いた。
追い出そうとする者もおったが、ある者たちは『もし神なら、追い出せば祟りがあるかもしれぬ』と。
だから、手を出せず、村に置いておくことにした。しかしそれ以外の村人は恐れ、化け物として追い出そうとした……」
そうしているうちに、村人の間で意見が割れた。「これは神じゃ!」と信じる者と、
「いや、化け物に違いない、追い出せ!」と恐れる者。























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