「おい。」
ドスの効いた低い声でそう言われました。
体は硬直し、恐怖と緊張から振り返ることはできませんが、この子が言ったのだということは直感で分かりました。
「今日はすまんかったな。」
「近々、この子の周りで色んなことが起こる。
そん時はあんたに頼みたい、
どうかこの子をよろしく頼む。」
そう一方的に告げると、張り詰めていた空気がふっと緩みました。
慌てて赤ちゃんの顔を覗き込むと、幸せそうに寝ています。良かった。
翌日、赤ちゃんを引き取りに来た奥さんにあのことを伝える勇気はありませんでした。
今となっては、変な人だと思われても伝えるべきだったと後悔しています。
数日後、お隣さん夫婦と赤ちゃんが乗った車がガードレールを突き破り、崖下に転落する大事故を起こしました。
運転していた旦那さんは即死、同乗していた奥さんも重症を負い意識不明、
赤ちゃんは若干の擦り傷を負った程度で、奇跡的にほぼ無傷に近い状態だったそうです。
その後、噂で聞いた話ですが、夫婦が乗っていた車にチャイルドシートはなかったそうです。
私は出しゃばりなのを自覚しながら、奥さんの入院している病院に伺いました。
奥さんは面会謝絶で会うことはできませんでしたが、奥さんのご両親とお会いし話をすることができました。
ご両親は高齢で、特にお父さんは糖尿病を患い介護を受けながら生活しているそうです。
そういった事情から、赤ちゃんを育児する余裕がないと困り果てていました。
私は、あの時告げられた言葉を思い出し、
私に面倒を見させてくださいとお願いしました。
ご両親は困惑していましたが、半ば強引に押し切り、奥さんが回復されるまで私の家で預かるという話でまとまりました。
結果的に奥さんは三週間ほどで退院され、実家でご両親と一緒に暮らすこととなり、赤ちゃんをお返ししました。
奥さんとは今でも連絡を取り合っており、日々成長するあの子の動画を見ては感動して泣いてしまいます。
嵐のような日々でしたが、私に出来ることはやり切ったかなと思います。これからあの子が幸せに生きていけますように、それだけを願わずにはいられません。


























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