俺は何もしていない。メールも送っていないし、会議も欠席していた。それなのに……”俺”がどこかで何かをしている。
同僚の女性からもLINEが来た。
「昨日の夜はさすがに怖かったよ。黙って私の家の前に1時間も立ってるなんて。何があったの?」
心当たりは一切ない。だが、”何か”が俺の顔をして、俺の行動として記録され始めている。
やがて、鏡に映る自分が――まったく動かなくなった。
朝、歯を磨いている時、俺が口を動かしても、鏡の中の”俺”は動かない。瞬きもしない。ただ、じっとこっちを見て、ニヤリと笑った。
心臓が止まりそうになった。
その夜、ついに”そいつ”と対面した。
深夜、ふと目を覚ますと、ベッドの脇に”俺”が立っていた。
スーツ姿。全身が濡れていて、土臭い匂いがする。目が黒い。完全な漆黒。口元だけが、異様に裂けたように歪んで笑っていた。
声が出なかった。体が動かなかった。
そいつは、ゆっくりと身を屈めて、俺の耳元で囁いた。
「――交代しようか?」
翌朝、目を覚ますと、部屋の配置が微妙に違っていた。冷蔵庫が左側に移動していた。テレビが壁にかかっていたはずが、床に置かれていた。
それだけじゃない。スマホのロック番号が変わっていた。銀行の暗証番号も。メールの送信履歴には、見覚えのない大量のメッセージ。
俺はもう、”俺”じゃないのかもしれない。
誰かが、俺の人生を乗っ取った。あの日届いた封筒から、すべてが始まったのだ。
――今、これを読んでいる君へ。
どうか、夜中に鏡を覗かないでほしい。そこに映る”自分”が、本当に”自分”である保証はない。
なぜなら俺は今――鏡の中から、こっちを見ている側になったからだ。

























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