その宗教のことを知ったのは、古本屋だった。
暇つぶしに立ち寄った古臭い文庫の棚。埃をかぶった一冊に、何の気なしに手が伸びた。
装丁は無地、タイトルは金字でただ「ご縁のもの」とだけ書かれていた。
著者の名前はなかった。
ページを開くと、薄墨で書かれたような文字が並んでいた。奇妙だったのは、どのページも誰かの日記のような文章で、内容がやけに現実的なこと。
「今日は朝から変な気配がした。例の“ご縁のもの”がまた玄関にいた」
「会社のロッカーの中に、封筒が。差出人はなし。でも中に俺の小学校の卒業写真。写っていないはずのものが、増えてた」
「風呂の鏡に、後ろの俺が映ってた。動きが半拍遅れてた。あれは“俺”じゃない。“ご縁のもの”だ」
読み進めるうちに、気づいた。
この本の内容、少しずつ“俺”の日常に似てきている。
気味が悪くなり、本を棚に戻して帰ろうとしたが、レジに立っていた老婆がこう言った。
「持ち帰ってください。あなたのものですから。ね、ご縁って不思議ね」
本は手に持っていたはずが、レジ袋に入っていた。俺は断れず、それを持ち帰った。
その夜から、始まった。
最初は些細な変化。
目覚ましをセットしていない時間にアラームが鳴る。
机の上に置いたペンが、翌朝逆向きになっている。
風呂場で、自分の肩に水滴が落ちてくる――天井は乾いていた。
ある日、気づいた。
部屋のどこかに「もう一人いる」。
見えない。けれど、いる。
最も怖かったのは、通話履歴を見たとき。
非通知の発信履歴に混じって、一件だけ自分の名前があった。
自分自身から、自分に電話がかかっていた。
俺はあの本を捨てようとした。が、どこに捨てても戻ってくる。
川に投げた。燃やした。
それでも、翌朝ポストに入っている。必ず、同じ場所に。
ついに、ページが変わり始めた。前に読んだときと違う記述が増えていた。
「もう逃げられない。なぜなら“ご縁のもの”は、追いかけない。初めから“中にいる”のだから」
「人の目には映らない。ただ、隣にいるだけだ」

























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