高橋颯(たかはし・そう)は、大学生。最近、同じ夢を何度も見るようになっていた。
それは、夕暮れの校舎を一人で歩く夢だった。
誰もいないはずの廊下に、微かに足音が響く。その足音は、颯のそれではない。振り返ると、誰もいない。ふと、教室のドアが勝手に開いた。中を覗くと、小学校のころの担任が、こちらを見て笑っていた。
目が覚める。
汗でシーツが濡れていたが、不思議と「怖い」という感覚はない。むしろ、どこか懐かしい気持ちさえあった。
だがその夢は、日を追うごとに少しずつ変わっていった。
最初は教室の中の配置が、見覚えのないものに変わった。次に、担任の顔が別人のようになっていった。それでも「夢だ」と思えば怖くなかった。
だが一週間後、夢の中で「自分が夢を見ている」ことに気づいてしまった。
夢の中の担任がこう言った。
「気づいたね。じゃあ、もう戻れないかもね」
そのとき、教室の窓の外に、現実の自分がいた。
大学の部室で寝ている、自分の姿だった。
それ以来、颯は夢の中で目を覚まし、現実に戻れなくなっていった。
夢はリアルだった。部屋も、人の声も、スマホの通知も、全部本物と見分けがつかない。でもひとつだけ違ったのは、時間が狂っていた。
夢の中で数分歩いただけで、現実では何時間も経っている。
何度か現実に戻れたとき、颯は試しに夢日記をつけた。だが、その夢日記に、自分がまだ書いていない内容が勝手に追加されていくようになった。
『明日の夜、教室の奥のロッカーに入る』
『入ったら、鍵を閉めて』
そしてその翌日、夢の中の颯は自然とそのロッカーに近づいていった。
逃げようとした。でも、身体が言うことをきかない。
「これが最後の扉だよ。開けたら……戻らなくて済むんだ」
夢の担任がそうささやく。耳元に、氷のような息遣いが触れる。
颯はロッカーの中に入った。自分の意志ではなかった。
内側から、ガチャンと音がして、真っ暗闇。
翌朝、大学の部室で颯は心肺停止状態で発見された。
睡眠中の突然死とされたが、医者はこう言った。
「眠っていたはずなのに、全身の筋肉が硬直し、まるで何かに強く抵抗した後のような状態だった」

























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