「ったく、閉店してるってわかんねーのかな」
彼が入り口に進もうとしましたが、ふと違和感に気づいて足を止めました。
人影はどれも真正面を向いているのです。だから顔は店内の明かりに照らされるはずなのに真っ黒で表情がわからない。そんなはずがない。彼がしばらく呆然としていた間もそれは動かない。ただ時間が止まっているように、何かがそこにいるのだけはわかりました。
それが店の入り口だけでなく、北側、東側の窓にもわらわらとした人影がみえたとわかったとき、Nさんは急いでレコードを止めました。
店内に静寂が訪れると、通りの車の騒音が聞こえてきて、さっきまで目に映らなかった店外の風景がガラス越しに見えました。人影は消えています。
アルバイトの彼女は、レジに隠れるようにかがみ込んで泣いてしまいました。
「店長、それ捨てた方がいいですよ……」
「あ、ああ……」
彼女をタクシーに乗せてやって家に帰したあと、彼も自宅へ帰りましたが、手提げには白いレコードが入っています。奇怪なレコードの魅力に逆らえませんでした。
駅から歩いて20分ほどにあるマンションの2階、階段から一番遠い部屋が彼の自宅です。角部屋なので、ステレオの位置に気をつければレコードを比較的自由に楽しむことができます。
閉店時のあれは、紛れも無い恐怖体験でしたが、彼は就寝前にもう一度だけ聴いてみたいと思って白いレコードに針を落としました。
「俺の一日はレコードで終わらなきゃな」
針を落とした瞬間、かすかなノイズがステレオから漏れました。
一瞬、お店でのあれは間違いで、何も起きないかと思ったそのときーー
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ痛いいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!」
聴いたこともない絶叫と、何かを壊している金属音がステレオから大音量で流れました。彼は急いで音量を下げましたが、苦痛に喘ぐ声と拷問めいた音は止まらず延々と流れ続けていました。
じりじりレコードから後退りしながら、彼は混乱した頭で考えました。
なんだこの録音は! どうしてお店で聴いたジャズが流れないんだ。
地獄のような光景がNさんの脳裏に否応なく浮かびました。薄暗い地下牢で、カビたベットに縛りつけられて拷問される男女の姿が、次々と休むことなくイメージされます。
「ど、どうして、店では……」
彼がそうつぶやいたとき、白いレコードと入れ替えた直前までセットされていたレコードに目がいきました。
そのレコードはシングル盤でした。自宅のレコードプレイヤーはシングル盤用の遅いスピードで再生するようベルトを調整していたのです。
「そうか、み、店では、この叫び声が高速再生されて女性の歌声に、切ったり潰したりするような金属製の音はドラムやベースに変わって聴こえていた……。こっちが本当の録音なんだ」
「おーい」
とんでもなく低い声で呼ばれた気がしました。レコードの音かと思いたかったのですが、Nさんは反射的に玄関の方をみてしまいました。























とても読みやすい文章でした。それだけでも高評価。
レコードの再生速度で内容が変わるという発想は素人目線では面白く、最後のオチも秀逸だったように思います。好きです。
最後の一文が理解できない