玄関ドアの横は簡易的なキッチンになっていて、その濁ったすりガラスの向こうに、何かの影が見えました。部屋中に濡れた獣のような異臭が漂い、人影はわらわらと増え、大勢の何かが廊下にいることがわかります。そしてNさんの部屋は角部屋。すりガラスに映る人影は、Nさんの来客でしかありませんでした。
Nさんは恐怖で意識を失いそうになりましたが、それらの奇妙な存在を自分のお店に害をなす相手と捉えたんでしょう。ひといきに玄関まで突進していき、そのまま勢いよくドアを開けて叫びました。
「呼んでねーぞ!!!!」
……廊下には誰もいませんでした。しかし嗅いだこともないような悪臭が鼻につき、彼はへたりこみ、廊下で嘔吐しました。
Nさんの呼吸が整った頃、悪臭も、恐ろしい音も消えていました。
レコードを取り外して、プレイヤーを確認すると、ターンテーブルを回転させるゴムベルトが千切れていました。
翌朝Nさんは神社にレコードをもってお祓いに行きました。
そして、大学で半導体の素材の研究をしている私に連絡をしてきたのです。
「このレコードは何でできてるんだ?」
私は自分のツテを使って、白いレコードの素材を調べました。
夕方、彼のレコード屋まで結果を伝えに赴きました。
「調査結果が出たよ。素材は塩化ビニールだから、君たちがヴァイナルと言っているレコードの素材と一致する。でも、いくつかの型の血液と、化学物質、薬品が混じっていた。これは僕のおかしな推測だけど、元々は人体用輸液チューブとか、血液回路といった医療用に使用されていたものを再利用したのじゃないかな。でも、衛生的じゃないよね。そうまでしてレコードを作りたかったなんて興味深いよ。どんな人が作ったんだろう。どんな音楽だったの?」
あたりは暗くなっていました。
アルバイトの女学生はまだ営業中にも関わらずはやばやとカーテンを降ろし(以前はカーテンなど取り付けておらず、もっと開放的でした)、入り口にはいくらか場違いな感じのする暖簾をかけはじめました。
Nさんがことの顛末を語り終えたあと、私は指先にわずかな痛みを感じ、無言でトイレに向かいひたすら手を洗いました。
私の指先は、白いレコードの淵に付いた不衛生なバリで傷ついていたのです。
――指紋に沿うように、円盤状に。


























とても読みやすい文章でした。それだけでも高評価。
レコードの再生速度で内容が変わるという発想は素人目線では面白く、最後のオチも秀逸だったように思います。好きです。
最後の一文が理解できない