ある夏の帰省。
小学生の僕は、ひいおじいちゃんの家に遊びに行った。
ひいおじいちゃんは、九十歳を超えても背筋がピンとしてて、昔は軍人だったらしい。
でも、あんまりしゃべらない。
ずっと座って、庭の方をぼーっと見てる。
ある日、僕は学校の自由研究で「戦争のことを家族に聞こう」というテーマを選んでしまった。
だから、思い切って聞いてみた。
「ねえ、ひいじいちゃん。戦争のとき、何がいちばん怖かった?」
すると、ひいおじいちゃんの手がぴくっと震えた。
しばらく黙って、すごく小さな声で言った。
「…見たか?」
僕は首をかしげた。
「なにを?」
すると、ひいおじいちゃんは、ゆっくりと僕の顔を見た。
その目が……いつもと違った。
とにかく、黒くて、深くて、底がない感じ。
「空が、落ちた日だ。空が、地面にめりこんで、世界が真っ白になって、音がなくなってな……」
その時点でもう、僕は息をのんでた。
ひいおじいちゃんの声が、どんどん低くなっていく。
「歩いとった女の人がな……口がないまま笑っとった。笑っとるけど、声が出んのや。口も目も、皮膚といっしょに、…こう……」
手のひらを焼かれるジェスチャーをしながら、続けた。
「皮膚が、ねばついとった。髪の毛が全部落ちとってな。火の中に歩いとるのに、泣かんのや。泣きもせん。もう、泣くことも忘れたんかもしれん……」
僕は怖くて、体が固まった。
でも、ひいおじいちゃんは止まらない。
「そんでな、ワシ、あれを見たとき思ったんや。
あれはもう人やない。あれは“人やったもの”なんや……」
……その瞬間。
ピシッ、って音がして、後ろの仏間の扉がひとりでに開いた。
誰もいない。
けど、ふわっと焦げたようなにおいがした。
何か、あつい夏の空気に、混じったにおい。

























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