はじめに、この話は何も解決しないまま終わる。
その日は仕事が長引き、会社を出るのがすっかり遅くなってしまった。
デスクも片付けずにバタバタとオフィスを飛び出し、全速力で走ってなんとか終バスに乗り込むことができた。
いつものことだが、終バスはガラガラでほとんど人が乗っていない。
そして皆きっと俺と同じ境遇なのだろう。
今にも気を失いそうな顔でぐったりしていたり、腕を組んで寝ていたりする。
(ああ…わかる。寝たい気持ちはすごくわかる)
そう思いつつも、俺は寝ないように目をガン開きして暗い窓の外を見ていた。
以前うっかり寝てしまい終点まで行ってしまったことがあるからだ。
そうなるともうタクシーで帰るしかなくなるわけだが、今日は財布にほとんど金が入っていない。よってタクシーに頼ることができないのだ。
そんなことを考えながらぼうっと外を見つめていたら、信号でバスが止まった。
そして俺の目に、とんでもない景色が飛び込んできた。
百貨店に面する広めの歩道。
そこでセーラー服姿の少女が、大きな鍬を何かに何度も何度も振り下ろしていた。
赤いものが飛び散り、糸を引き、白いセーラー服に赤黒いシミを作る。音こそ聞こえないものの粘度の高いグチャグチャとした感覚がこちらにも伝わってくる。
鍬を振り下ろされている“それ”は、よく見ると長い髪の毛と紺色の襟のようなものがあった。人間だ。それもおそらくセーラー服を着ている。
これは殺人事件か?通報するべきか?
いやそもそも…こんな人目の多いところでこんな大胆な犯罪を犯すだろうか?
もしかしたら今俺は夢を見ているのでは?
頭を冷やそうと前を見ると、ちょうど俺の前の座席に座っているおっさんも俺と同じように目を見開いて窓の外を見ていた。
おっさんのハゲ頭からは冷や汗が流れている。
俺は思わずおっさんに声をかけた。
普段だったら絶対そんなことしないが、この時は自分が見ているものがなんなのかわからず、とにかく誰かと共有したかったのだ。
おっさんは俺に声をかけられて驚いていたが、
「や……やっぱりあれ、現実ですよね!?」
と声を震わせて俺の肩を掴んできた。
ああ、心のどこかで夢であってほしいと願ったが、自分以外にも見ている人がいるとなれば、これは現実でしかない。
俺とおっさんは、次のバス停で降りて現場に行ってみることにした。
このバスを降りてしまえばもう徒歩で帰るしかなくなるわけだが、そんなことはもうどうでもよかった。
とにかく今は好奇心が勝っていた。眠気なんてものもどこかに消えていた。
ちなみに運転手には何も伝えなかった。
運転手もこれで今日最後の仕事だろうに、余計な面倒に巻き込むのは可哀想だと思ったからだ。
ちなみに他の乗客は皆寝ていて無反応だった。
こっわ。