タタさんからの電話
投稿者:兎女王 (1)
そうして月曜日、ようやく私はあの日何があったのか、説明を聞くことができました。
「たまにね、電話がかかってくることがあるのよ」
Mさんの話によると、ここで使っている電話番号は受信には対応していないそうですが、どういうわけか稀にかかってきてしまうことがあるそうです。
それは本当にただの間違い電話だったり電話番号をランダムにかけている営業電話だったりすることが多いそうなのですが、
「……たまにね、タタさんっていう人からかかってくるの。で、その電話に出た人は、この間のHさんみたいに“狂っちゃう”の」
ただし、Hさんのように名前を聞いてすぐに発狂することは滅多に無いそうで、ほとんどは電話を受けてから数日かけて徐々に“狂っていく”のだそうです。
私はここでようやく、契約書を書いた時に見た『タタさんから連絡が来た場合、即時にアルバイトを辞めるものとする』という文言を思い出しました。
Mさんの話によると、タタさんからの電話を取ってもすぐに退職してしまえばなんとか助かる場合が多いそうです。
「えっと、じゃあHさんは大丈夫なんですか?」
Hさんが使用していたデスクは綺麗に整理され、次に新しい人が来たらすぐ使えるようにセットされていました。
つまりHさんはバイトを辞めたことになります。
「うん、まだ何とも言えないけど……命までは取られないからそこは大丈夫。でも、完全に元に戻れるかはわからない。多分Hさんはああいうのと波長が合っちゃうタイプだったんだろうね」
「そんな……」
短期間とはいえ、一緒に働いていた人がそんなことになってしまったのは非常にショックでした。
それと同時に、あの時電話に出たのが自分じゃなくてよかったと、最低なことを考えてしまいました。
その後も色々な話を聞きました。
電話が鳴っても出なければ大丈夫なのではないかと思い、電話を全て無視していた時期があったこと。しかしその結果、電話がかかってくる頻度が増えて仕事にならなくなったこと。そして、電話に出たわけでもないのに当時出勤していた社員とアルバイトほぼ全員が発狂してしまったこと。
つまり、タタさんからの電話は誰かが必ず出なければいけないのだそうです。
「あの時本当は、私かYが出るからってHさんに伝えようとしたんだけど、間に合わなくて……」
不思議なことに、一度タタさんの電話に出て“発狂”を経験し、無事元に戻れた人はその後タタさんからの電話に出ても何も起こらなくなるのだそうです。
「ウイルスの耐性みたいな感じなのかな。私もYも、新入社員の頃に経験してるから、私達はタタさんからの電話に出ても大丈夫なの」
結論から言ってしまえば、私は最後までタタさんからの電話を取ることはありませんでした。
このコールセンター自体が呪われていることを知ってしまい、Hさんの事件があってからそんなにしないうちに辞めてしまったからです。
私が働いていたのは、怪しい健康食品や異様に高い化粧水などを高齢女性に売りつける会社のコールセンターでした。
お客様対応専門チームとはいわゆる営業電話のチームで、わざと不安を煽るようなことを言ってお客様に商品を売り付けるようなことをしていたらしいです。これはここを辞める直前に知ったことです。
そしてこれは噂話ですが、過去にこの会社の商品にのめり込み、貯金を全て崩してまで商品を買い続けた人がいたそうです。
その人はお金がなくなり、とうとう食べ物も買うことができなくなり孤独死したそうです。
タタさんの怨みの込もった声は、そのお客様の声にとても似ているんだそうです。
ちなみに、その会社は今はもうありません。
コールセンターが入っていたビルも再開発で取り壊されました。
今でも、やたらと条件のいいコールセンターの求人を見かけるとこの出来事を思い出します。
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