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不思議体験

セイスケくんさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

デッドリンク
短編 2024/09/23 08:01 498view

これは、私の知人である榎本という男が、数年前に体験した話だ。

榎本はIT業界で成功を収め、システム開発会社を経営していた。忙しい日々を送る中、彼はふと右脚に異常を感じるようになった。最初は単なる筋肉痛かと思っていたが、痛みは日に日に悪化し、結局、彼は医師の診断を受けることにした。診断結果は予想を超えるものだった。右脚に悪性の腫瘍が見つかり、治療のためには膝下を切断する必要があるという。

手術は無事に成功したが、榎本の心の中に広がったのは、喪失感と深い不安だった。彼はその不安を感じないように、手術直後からリモートワークを再開し、仕事に没頭しようとした。しかし、痛みを感じないはずの「幻肢痛」が榎本を悩ませ始める。切断されたはずの右脚がまるでまだ存在しているかのように感じ、夜な夜な彼の集中力を奪っていった。

ある夜、榎本は眠れずにいた。スマートフォンの画面をぼんやりと眺めながら、痛みを忘れるためにネットサーフィンをしていた。すると、SNSのタイムラインに見覚えのある投稿が流れてきた。同じ病院で手術を受けた患者が、幻肢痛に悩まされているという内容だった。その投稿には、こんなコメントがついていた。「幻肢痛ってただの神経の錯覚じゃなくて、意識が切断された部分を『取り戻そう』とするんだって。まるで、身体が自分を取り戻すように。」

その言葉に、榎本の背筋が寒くなった。

翌朝、リハビリのためのオンライン診療に参加した際、担当医の長谷川は冷静に言った。「幻肢痛はよくあることです。脳がまだ脚の存在を認識しているんですよ。時間とともに慣れますが、必要なら追加の治療を考えましょう。」彼の口調はあくまで合理的で、まるで機械的に処理されたコードのようだった。

だが、その夜、榎本はまた不気味な夢を見た。

夢の中で彼は、仕事場でひたすらキーボードを叩いていた。いつもの作業風景だが、何かが違う。モニターに映し出されるコードの中に、奇妙なエラーメッセージが繰り返し表示されるのだ。「右脚が見つかりません。」それがスクリーンを埋め尽くす中、彼の切断された右脚が、デジタルなノイズのようにぼんやりと浮かび上がり、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。

彼はハッと目を覚ました。ベッドの中で、心臓が早鐘のように打っていた。だが、夢だったのだろうか? 彼の右脚が、そこにまだ存在しているかのような感覚が残っている。幻肢痛がここまでリアルだとは――彼はそう自分に言い聞かせ、再び眠りにつこうとした。

しかし、次の日も、そしてその次の日も、悪夢は続いた。幻肢痛はただの痛みだけでなく、彼の精神を侵食していった。榎本は日中も幻覚に悩まされ、集中できなくなっていた。仕事のミスが増え、会社のパートナーたちからも不満の声が上がり始めた。榎本は、自分のビジネスが崩壊し始めているのを感じた。

そんなある日、彼はとうとう病院の精神科でカウンセリングを受けることにした。担当の精神科医は、淡々とした声で言った。「榎本さん、これはいわゆる『幻肢痛』の一環ですが、心理的な側面も無視できません。失った部分への執着が、現実と夢の区別を曖昧にしているのです。」

榎本はその言葉を聞いて、自分の心が身体と同じように損傷していることを実感した。だが、その夜、さらなる恐怖が彼を襲う。

彼はまた夢を見た。病院の廊下を松葉杖をついて歩いていた。薄暗いLEDライトが揺らめく中、何かに導かれるように特別病棟の前に立っていた。部屋の中に入ると、そこには深く眠る女性がいた。彼女のデスクの上には、ノートパソコンが開かれており、画面には無数の「エラーメッセージ」が点滅していた。

無意識のうちに榎本の手は動き、女性のパソコンに触れた。そこで、ふと彼は、何かを盗んでいることに気づいた。デジタルデータ――それも極秘のプロジェクトファイルが次々と自分の端末に転送されていく。

「なぜ俺が……こんなことを?」

目覚めた榎本は、夢で見たことをすべて現実だと感じていた。そしてその不安は現実のものとなった。会社のサーバーに侵入され、重要なプロジェクトデータが盗まれたというニュースが飛び込んできたのだ。自分が知らぬうちにデータを盗んだのではないか――そう考えると、恐怖が全身を貫いた。

翌日、再び長谷川医師に相談すると、彼は冷静なままこう言った。「榎本さん、それは単なる夢です。幻肢痛と、心理的なストレスが生み出した錯覚に過ぎません。現実と夢の区別がつかなくなることは、過度のストレスによるものです。」だが、榎本の中には確信があった――自分はただ夢を見ているのではない。現実の自分の中に、別の「何か」が侵入し、制御不能に陥っている。

数週間が経ち、榎本は徐々にビジネスの第一線から離れることを決断した。だが、彼が体験した悪夢の数々、幻肢の痛み、そして自分が誰なのかさえ曖昧になる恐怖は、今もなお続いているという。

「身体は治るかもしれない。でも、心の傷は……どこにも逃げられないんだよな。」

彼はそう言い残し、またスマートフォンを握りしめ、ネットの深淵に沈んでいった。

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