わしとケイの物語
投稿者:バクシマ (40)
おやすみ 『ケイ』
どこからか、そう呼ばれた気がした。
そのまま俺は、夢の世界に沈んでいった。
そこは明るい太陽の下、爽やかな風につつまれた、緑の美しい丘の上だった。芝生には肌触りの良い敷物が広げられ、犬のように人懐っこそうな美少女が、ちょこんと座っている。
少女は微笑みながら俺の手を優しく握ってくれた。
それから俺たちは、笑い合い、語り合い、見つめあっていた。
いつまでも いつまでも。
……ごろごろと雷鳴が鳴り、ざぁざぁと大雨が降りしきるなか、寂しい廃車置き場にはポツンと一台の軽トラが佇んでいた。
その軽トラの助手席でスヤスヤと眠る歳若い青年。その寝顔は誠に幸せそうであり、
「俺は お前に出会うために生まれたんだな……」
などと歯の浮くような寝言まで呟いた。
とはいえ、彼の人生はこれまで苦難の連続であったし、それが転じて、今ようやく幸福のひと時を享受しているのだから、この程度の浮かれなど、そっと温かく見守るべきであろう。
……たとえその幸せが『虚妄』であったとしても……
幸せそうな青年の寝顔に、ポタポタとドス黒い血が滴り落ちていた。
その血は、先程からジィーッと青年を見下ろしている怪異の眼から垂れていた。
『そいつ』は、ドラッグストアで青年に目をつけた時から、ずっと運転席から青年に邪(よこしま)な感情を注いでいた。
公園でも、海でも、ホームセンターでも『そいつ』は姿を消しながら青年の隣にいた。
今も『そいつ』は運転席に座っている。
そして股間を膨らませながら、青年に歪んだ眼差しを向けていた。
それから
「俺は お前に出会うために生まれたんだな」
という青年の愛の告白に応えるべく、
寝ている彼の耳元に、濁った吐息を絡めながら囁いた。
「わしもだぞ♡」
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