バッグの中身

僕はある会社で経理の仕事をしている。

上司である部長のAという男は、自分の失敗は部下に押し付け、部下の努力を自分の手柄にするという、典型的な嫌なヤツだ。

しかし、Aは会社の中では評価が高く、デキる社員だと言われているのが何とももどかしかった。

経理の仕事は銀行などに行く以外は人に会う事が少ないから、各自私服で勤務していいことになっている。

経理部には4人いて、僕を含めた3人は襟付きのシャツを着ているのだが、Aだけはいつも派手なアロハシャツを着ている。

なんでも、自分だけがアロハなら、取引先などにも「部長のAさん」だと認識されやすいらしい。

僕は、いわゆる平社員のせいか、Aからいろんな事を頼まれる事が多い。

Aは忘れっぽい性格なのか、いつも使っているお気に入りのバッグを出先で忘れて会社に帰って来ることが時々ある。

そんな時に取りに行かされるのはいつも僕の仕事だ。

そのバッグはA4サイズの書類が入る大きさで、ある工房のロゴマークが小さく刺繍されている。

僕はあまり詳しくないのだが、その工房は職人さんの独立騒ぎがあったとかで、今はもう無いブランドらしい。

その工房では、基本となる物にセミオーダーでポケットやストラップを追加して加工したり、色を好みの物に変える事が出来るみたいで、詳しい人が見ると、それが他に無い一点物だとすぐにわかるそうだ。

バッグの中身は大したものは入ってないとの事だから、よく忘れるのかもしれない。

僕はAに対してある疑惑を持っている。

金の動きに不明瞭な点がある事に僕は最近気が付いた。

僕は前の会社でも経理の仕事をしてある程度の経験があるのだが、どう考えても不穏な動き、というか、どうもAが横領をしているようなのだ。

Aはその立場上、うまい事経理の処理をしていて、僕はなかなかその尻尾を掴めないでいた。

しかし、僕がそれに気が付いていることにAは感づいているようで、こちらも迂闊には動けなかった。

ある日、個人で薬局を営んでいるBという男にいつもの薬を用意してもらえるように連絡していた時の事だった。

Bの店は掛取引ができるという事で、Aが見つけてきたらしい。

会社で使う常備薬や消毒液などの購入をその都度支払うのではなく、1か月分まとめて請求が来て配達の時に現金で支払うというやり方で、僕もAも、Bとは顔見知りだ。

Bは以前、いわゆる脱法ドラッグ絡みで警察に目を付けられたことがあったらしい。

しかし、その職業上、薬について色々調べたり勉強していただけで、実際には所持や使用はしていなかったという。

その関係で警察と繋がりがあるという話だ。

Bはあちこちの取引先を回っているからと、店には固定電話が無く携帯で連絡している。

以前、会社の電話の電話回線にトラブルがあった時に僕やAの携帯番号を登録してもらったが、少なくとも僕の携帯に電話がかかってくることは今まで無かった。

Bに連絡しているこの時間には事務所に誰もいないせいか、僕は少し気が大きくなっていたのだろう。

「ちょっと聞いてくださいよ～。」

Bに、Aから受けている理不尽な事を愚痴ったところ、いいアイデアがあると提案された。

この方法なら、きっとうまくいくという事だった。