約束が違う
投稿者:ねこじろう (147)
「はい、駅員や署の人間たち数人が集まってから、昨日の朝から作業を進めていたそうなのですが、難航していたらしくて……
飛び込み自殺というのは車の事故に比べると格段に遺体の損傷がひどくて、遺体の処理にはかなりの時間と労力を要するようで」
「そんなことお前に言われなくとも分かっとるわ!
そんなことより、仏さんは男か女か?」
くたびれたブラウンのジャケットの明石が少しいらつきながら、篠原に尋ねる。
「は、はい!すみません。
亡くなったのは、女性です!
身体のパーツのあらかたが見つかったのは昼過ぎだったようなのですが、どうしても頭部だけが見つかっていなかったそうです。
そしたら線路脇の草むらに不審な男が座ってて……」
新人刑事の篠原がハンドルを切りながら、助手席に座る明石に事件の報告をしていた。
グレーのスーツは、まるで今日新調したかのように小綺麗だ。
「線路際の腰の高さほどの草の中に、体育座りしていたみたいで……
作業中の人間の一人が不審に思って近づいたら、なんと、そいつが仏さんの「頭」を抱えてたんです。
それで恐る恐る声をかけたら、何かおかしなことをブツブツ言ってたようで……」
明石は篠原の横顔を見ながら聞いた。
「何と言ってたんだ?」
「約束が違うと」
「約束が違う?」
「ええ、約束が違う、約束が違うと言いながら「頭」を抱えていたらしくて、それで昨晩署に連行してきたようです」
車はF市警庁舎内の地下駐車場に着いた。
二人はエレベーターに乗り込む。
明石は今年54歳になる白髪交じりのごま塩頭のベテラン刑事。
見るからに一癖ありそうなタイプだ。
一緒にいる篠原は、今年からF署に就任してきた新人刑事である。
今回のような鉄道での飛び込み案件の場合、刑事が呼び出されることはほとんどないのだが、現場にいた怪しい男の話から事件の可能性もあるということで二人が駆り出されることになった。
「どう思う?今回のこの件」
明石は白髪交じりの頭をかきながら、篠原に尋ねる。
「いやあ、僕は単なる死体愛好者だと思うんですが……先輩は何か引っかかるところがあるんですか?」
「いや、まだ分からないのだが、ちょっと気になることがあってね」
明石がそう言うのには、理由があった。
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