見えない誰か

私の友人から聞いた話です。

友人にははっきり幽霊が見えるほどの霊感はないそうですが、他の人にとってはなんでもない場所に嫌な印象を受けたり、街中ですれ違った時に強烈な寒気を感じる人がいるそうです。
興味本位で通りたがらない道を調べたところ、すぐ側のマンションから人が飛び降りていた場所だったので気のせいではないと思っています。

友人が大学で仲良くなったAさんは真面目に勉強やバイトを頑張りながら、サークルではみんなが楽しめるよう気を配るとても優しい人でした。

人見知りな友人に積極的に声をかけてくれて、卒業しても休日に遊んだりお互いのアパートに泊まりに行くほど仲良くなったそうです。

しかし友人はなぜかAさんの部屋が苦手でした。
平均的な社会人の住むアパート、といった感じで酷く古びているとか変な人が住んでいることもありません。
掃除もされていて日当たりも良いのに、部屋に入った瞬間なんとなく部屋全体がくすんでみえたそうです。

その理由を友人は次第に察していきました。
Aさんの部屋に遊びに行くとお茶を淹れてくれるそうですが、なぜか必ずマグカップがふたつと水の入ったコップをひとつ持ってくるそうです。
友人が不思議に思って理由を聞くと「歯に着色汚れがつくのが嫌だから」と答えましたが、ほとんどその水に手をつけることはないそうです。

一緒に食事をするとき、Aさんにソファ席を譲ると必ず友人の斜め前に座るそうです。
指摘すると「あれ、本当だね」と笑って正面に座り直すようですが、気がつくとまた元の位置に戻っているようです。

Aさんは最近少し元気がないそうです。
久しぶりに部屋を訪ねると、ますますくすんで息が詰まるほどだったそうです。「仕事が忙しくて寝ても疲れがとれないの」と笑うAさんの顔も陰っていました。

Aさんは無意識のうちに誰かのために水を供えて自分の隣に座らせて、一緒に住んでいるんじゃないか、と友人は呟いていました。