黒電話
投稿者:ねこじろう (147)
叩きつけるように受話器を戻し、大げさに憤慨しながら親父は再び胡座をかくと、一升瓶ごと抱えて一気に残りを飲み干した。
「お父さん、どうしたの?」
恐々尋ねてみると、薄い桃色に上気した顔をした親父は濁った目でこちらを睨み付けてこう言った。
「どうしたもこうしたもねぇよ 知らん奴がいきなりかけてきて、酒止めなかったら俺が60で死ぬ、なんて縁起でもねえこと言いやがるんだよ」
そのときは俺も単なるいたずら電話の類だと思ったから、気にも止めなかった。
だが後から考えれば考えるほど、おかしな電話だった。
いったい、誰が、何の目的で?
恐らく神様が親父の体を心配して、電話を使って伝えてきたんだろう。
その時はそう考えて、無理やり自分を納得させた。
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高校卒業後、九州の実家を離れて神戸の商社に就職してからも、何かの用事で母に電話したときは必ず親父の体のことを聞いていた。
出来るだけ酒を飲ませないようにしてくれ、と口酸っぱく言ってきた。
でも頑固な親父のことだったから、お袋の言うことなんか全く聞かなかったのだろう。
そしてやはり親父は酒で肝臓をやられて、亡くなった、、、
しかもぴったり60歳で。
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会社に事情を言って休みをもらい新幹線、ローカル線と乗り継いで最後に路線バスに揺られて懐かしい実家の玄関にたどり着いたとき、既に時間は午後9時を過ぎていた。
玄関口は黒い靴で埋め尽くされていた。
仏間の奥には鮮やかな祭壇が作られており、その前に立派な桐の棺が置かれている。
既に何人かの人が来ていて、焼香をして神妙な顔をして手を合わせていた。
棺の中に収まった親父は昔よりもふっくらとしていた というより多分肝臓をやられていたせいで、顔が浮腫んでいたのだろう。
棺の横には、懐かしい黒電話が置かれていた。
「ひどい顔してるでしょ
声がするので振り向くと、喪服姿の母が微笑んでいる。
疲れからか、泣きはらしたからか、母の目の周りは打たれた後のボクサーのように腫れており、げっそり痩せている。
以前見たときより白髪が増え、一段と小さくなっていた。
結局俺は1週間、実家にいた。
家業の農家を継いだ兄と俺と母は三人で、お通夜、葬式、そして、その他の細々した残務処理を何とかやり終えた。
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翌日は仕事だったから、昼過ぎには実家を出た。
泣きそうなラスト。切ない。