黒電話
投稿者:ねこじろう (147)
親父が死んだ。
享年は60
死因は末期の肝臓がん。
実家の母から今朝早く電話があった。
ただ俺はその一報があったとき、とても悲しかったのだが、とりたてて驚きはしなかった。
なぜなら随分と前から、そのことを知っていたから、、、
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それは、まだ小学校低学年だったころのことだ。
夏休みのときだった。
学校からは結構な量の宿題を与えられていたのだが、俺はそれにほとんど見向きもせずに日がな一日中裏山に分け入っては親父と川で釣りばかりしていた。
うちの家は農家だったのだが親父は農業が大嫌いで、ほとんど家でごろごろして酒を飲んでいた。
まあ今から考えると、とんでもない「ろくでなし」というやつだったのだろう。
でも俺は、そんなだらしない親父のことが大好きだった。
それは蜩の声がうるさいくらい鳴り響いていたある夕暮れ時のことだったと思う。
夏休みも終わりに近づき、俺はほったらかしだった夏休みの宿題に追われていた。
仏間の広い座卓で胡坐をかいて酒を飲む親父の前で、懸命に「夏休みの友」をやっていた。
昼間からかなり暑くて二人とも、ランニングにパンツだけの格好だった。
障子は開け放たれており、夕刻の陽光が畳や調度品そして親父の顔を鮮やかに朱色に染めている。
障子の向こう側は縁側になっており、庭木があり垣根があった。
すると突然親父が庭のほうを見ながら「おおい、隆司!あそこに誰かいるぞ!」と言う。
とっさに俺は後ろを振り向いた。
広い庭の中央辺りには立派な柿の木があるのだが、確かにその背後にある垣根の向こう側に肩から上だけの黒い人影が陽炎のようにゆらゆらと動いているのが見える。
夕方の陽光が眩しいので手かざしして目を凝らしたが、それはいつの間にか消えていた。
それからしばらくが経ったころのこと。
仏壇前に置かれていた黒電話が突然鳴り出した。
もうすでに結構酔っぱらっていた親父がぶつぶつ言いながら、受話器を取る。
「ああ、もしもし、、、、、は?、、、おたく、誰?」
親父はしばらく要領を得ない様子でのらりくらり話していたのだが、途中で急に怒り口調になった。
「は?
あんた一体何の恨みで、そんなこと言うんだ!?、、、
は、酒?
俺は誰に何を言われようと酒は止めないからな!」
泣きそうなラスト。切ない。