洗面器の水　(加筆修正版)

やはり洗面器にナミナミと水が溜まっているのを見つけ、
これはどうしても真相を確かめる必要があると思い立った。

人がいない時に誰かが侵入して、風呂場を勝手に使っているんじゃないか・・・と思ったのだ。
大家や管理人、果ては天井裏に居候してた犯罪者が勝手に家の中に入って好き勝手やった、
なんてニュースを今まで何度か見たことがある。きっとそれに違いない。

「証拠を撮って、ふんづかまえてやる!」

防水型の超小型カメラが中古で売っていたので、それを買ってこっそり風呂場に設置した。
換気扇のゴミ捕り用フィルターに隠して小さな穴から隠し撮りだ。
こいつで洗面器に水を溜める犯人を撮影する!!
映像はオレのスマホでライブで見ることができる。お楽しみだ。

カメラのセッティングも終わり、風呂場から出て会社へ行く準備をする。
居間を抜け、一旦寝室へ戻る。ウォークインクローゼットはこっちにある。

ワイシャツを着て、ネクタイを締めて・・・とやってる時に、突然オレのスマホがブルブルと震えた。カメラだ。カメラが作動し始めたことをしらせる合図だ。

「えっ、ちょっと・・・い、今なのか!?」

信じられない。カメラの誤作動か?

「えっ・・・だってオレ、まだ家の中にいるんだぞ?」

スマホ画面を凝視する。

画面下側、つまり風呂場の排水溝のあるあたりから、
細くて長い、まるでミイラみたいな腕が伸びてきた。
硬そうで乾燥しきってシワシワになった茶色い腕が!!

まるでオモチャのようにも見える。硬くてまっすぐな細くて長い腕が
小さな指を開いて、なんとかして洗面器を掴もうとしている。
そして不器用に洗面器をカランの下までもっていくと、
また不器用にゆっくりと蛇口を開いて水を出し、洗面器に水を貯めだした・・・。

その様子を唖然として見ながら、自分は怖くて震えが止まらなくなっていた。
この何者かわからない謎の腕・・・これがほんの数メートル離れた風呂場で、
今、リアルタイムに行われている事実!!

声もあげられない!
オレは叫びそうになるクチを手で押さえて、静かに身支度を整えた。

怖すぎる。恐ろしすぎる・・・。
とてもじゃないが、今風呂場に乗り込んでドアを開ける勇気はオレにはない。