知らない家族
投稿者:LAMY (11)
そんなことを考えながら住み慣れた部屋の前に立ち、鍵を開けて室内へ。
靴を乱雑に脱ぎ捨ててドタドタと居間まで上がっていって、そこで奇妙な光景を目にした。
食卓の上に、もう食器が載っているのだ。
白米と箸。水の入ったコップが一個。
普段おかずを盛る用に使われている見慣れた皿が一枚。
皿の上には何かどろどろとした吐瀉物を思わせる液体と、ぐずぐずになった固形物が載っている。
……なんだろ、これ?
お母さん、今日は短縮授業だって知ってたのかな。
怪訝に思いながら、皿の上のおかずと思しきものを覗き込んだ時、彼の鼻腔をつんと饐えた酸っぱいような匂いが突いた。
それは少年にとって、嗅ぎ覚えのある匂いだった。
なれ寿司だ。前にお婆ちゃんの家で食べさせられて、あまりの気持ち悪さに吐き出してしまった……そんな嫌な思い出しかない食べ物。
今でもその時のことは笑い話として話の俎上に上がることがあるくらいなので、お母さんが彼のなれ寿司嫌いを知らないとは思えない。
しかも目の前にあるなれ寿司は、記憶の中にあるものよりも遥かにぐずぐずに腐っていて、もはや食べ物にすら見えなかった。
「僕、お母さんに何かしたっけ……?」
嫌がらせとしか思えない目の前の皿に苛立ちを通り越して不安を覚えながら、そこでふと彼は気付いた。
――サランラップがされてない。
竹本少年のお母さんは潔癖のきらいがある人で、ほんの少しの間であっても食品には欠かさずラップをかける。
なのに白米も水も、なれ寿司も、どれひとつとしてラップがされてない。
というか、ご飯を置いて出かけるのは分かるけれど、普通水までコップに注いで置いていったりするだろうか?
お母さん、ついさっきまで家に居たのかな。
そんなことを竹本少年が思ったその時だった、どん、という音がしたのは。
彼の、うしろで。
「お母さん?」
どん、どん。
音は、近付いてくる。
すぐに竹本少年は理解した。
違う、お母さんじゃない。
大人であるお母さんが鳴らしているにしては、その足音は軽すぎた。
屋根裏に双子のガイジデモ飼ってたんだろか?
死産した子供の霊が一緒に育ってたとか?
さすがに実際に生きている子供を誰にも気づかれないように育てるってのは無理があるだろうし
熟鮨好きの子供はおらんやろぉ
竹本さんが生まれる前にいた子が好きだったお寿司じゃないかな。おそらくお母さんには見えていたんじゃないかな。竹本さんのお兄さんになるはずだった子が。