民宿の離れ部屋の怪異
投稿者:take (96)
職場の上司のSさんに聞いた話です。
今から三十年以上前、当時大学生だったSさんは仲間5人と、夏休みにバイクでツーリングに出かけました。
夜は野宿や、可能なら予約なし宿泊したり、特に目的は決めずに十日ほどかけた、のんびり旅行だったそうです。
旅も終盤のある夜、突然の豪雨に見舞われました。
こりゃ野宿は無理だとホテルや旅館を訪ねたのですが、折悪しくどこも満室、途方に暮れかけた時、小さな民宿を見つけました。
さっそく宿泊を願いましたが、女将さんは「あいにく満室で」と恐縮顔です。
Sさんたちが諦めかけた時、ご主人が出てきて女将さんから事情を聞き、「この雨ですからね……」と、思案顔をします。
Sさんたちも「どんな部屋でもいいんです」とひと押ししたところ、「それでは」と案内されたのは、長い廊下の先にある離れ部屋でした。
「もう使っていないので、汚いですが」
申し訳なさげなご主人に、「いえ、助かりました」と礼を言い、Sさんたちは、やれやれと腰を落ち着けました。
確かに長い間使われていない感じでしたが、逆に、なんで使わないんだろうと思うような広くていい部屋だったそうです。
風呂と食事も済ませ、寛いで談笑していると、仲間の一人が指を口の前に立てて「何か聞こえないか」と、言いました。
全員が耳を澄ますと、女性の苦しそうな呻き声が大きくなってきます。
それは床の間から聞こえてくるようで、Sさんたちが目を向けると……。
髪を振り乱し、カッと見開いた血走った目と、歯を剥き出した凄まじい形相の女の首が、
壁から抜け出て5人へ向かってきたそうです。
悲鳴をあげて、Sさんたちは部屋から転がり出ました。
ご主人と女将さんに訳を話すと「やっぱり……」という顔をします。
詳しくは聞けませんでしたが、おそらくその部屋で客が自殺を図り、それ以後、使っていなかったということでした。大雨だったし、元気な若い男性五人なら、と部屋を開けたそうです。
もう雨は止んでいたので、Sさんたちは逃げるようにして宿を後にしました。
不思議なのは、荷物を取りに恐る恐る部屋に戻ってみると、5人がほとんど同時に飛び出したにもかかわらず、入り口の襖はほんの少ししか開いていなかったそうです。
「旅行の最後の最後にえらい目に遭ったよ」 Sさんはそう言って笑いました。
怖い。