あなたには貸せません

　それを見て、すこし私は怖くなった。しかし、建物自体は気に入ってたので、その
マンションを掲載している不動産会社に連絡してみることにした。幸運なことに、
その部屋は空いていた。

　3日後、私は新潟に来ていた。始めての新潟市。新幹線直結のビルには、新潟らしく
様々な日本酒が並ぶテナントが開いている。ちょっと誘惑に負けそうになりながらも、
取り合えず約束した物件の内覧を優先した。

　待ち合わせの約束の場所で待っていると、不動産屋の営業は、私の姿を一目見て
近づいてきた。「もりの様ですね。」
その仕事に似合ったニコニコと笑顔を絶やさない、中年の男性。
スーツをピシッと決めて、物腰も柔らかい、一目見て信頼できると思えた。

　案内される物件に向かう途中、車の中ではとりとめのない話が続く。

物件の近くのうまい店の話だとか、冬は寒くて結構覚悟が要りますよ、だとか。
営業の男性は私に質問してきた。「ところで、お客様は何の仕事をされてるんですか？」
「私は小売業をしています。契約時に正式にお話させてもらいますが、社名を聞けば
だれでも知ってる会社です。そこでマーケティングの仕事をしています。そう、
借りるのは2年です。2年経ったら、地元の本社に帰る予定です。」

　「そうですか・・・」と営業の男は答えた後で、しばらく何も言わなくなってしまった。
そして、私たちは借りる予定のマンションに到着した。

　部屋は3階の、エレベーターのすぐ横にある。男はカギを開けてくれ、出会ったときの
笑顔にもどり私を部屋に案内してくれた。

　部屋の内装、設備は申し分なかった。「お隣は単身赴任の男性の方で、静かに使って
頂いているので音の心配はありませんよ。」の話を聞いて、私はこの部屋を借りる決心

ができた。「この部屋にします」　　すると・・・

　「本当にこの部屋で良いですか？」と、営業の男が不思議なことを尋ねてきた。
「え？ほかにもっといい部屋があるってことですか？」「はい、その、あの」
「なんですか？何か問題でもあるんですか？」

　営業の男は何か言いにくそうにしている。その表情は何かこう、私に対して申し訳
ないような、かと言って本当はこの部屋を貸したくないような、不思議な表情で、
私の方を敢えて見ないようにしている。私はムッとして、

　「言いたいことがあるなら行ってください。」とまっすぐ男の顔を見て尋ねると、
「では、お互いのために正直にお話しします。お気を悪くされるかもしれません。
その時は心からお詫び申し上げます。でも、話したほうがいいと思います。」と前置き
して、話をつづけた。