てるてる坊主になった【とおるくん】
投稿者:ねこじろう (147)
僕の住んでいるマンションの同じ階に【とおるくん】という男性が住んでいました。
年老いた母親と一緒に暮らしており、特に仕事をしているような感じはなく母親の年金で生活していたようでした。
とおるくんはいつも同じ風体をしてました。
丸坊主の頭に表情のないのっぺりした顔をしていて、白いランニングシャツに紺色の半ズボンをサスペンダーで吊って穿いてます。
かなりの巨漢で身長も2メートル近くはあったと思います。
まるで昔いた放浪の絵描きのようでした。
年齢はおそらく40歳は過ぎていたと思います。
もしかしたら、もっといってたかもしれません。
マンションの部屋は各階ともエレベーター前を基点に左右に並んでおり、僕の部屋は5階のエレベーターを降りて右側の一番端っこ。
とおるくんは左側の端っこでした
朝方仕事に行くときは毎日エレベーターの前で、とおるくんに会いました。
まるで僕が部屋を出るのを見計らかっているかのように僕が玄関のドアを開けると反対側端っこの部屋のドアも開き、とおるくんが姿を現します。
そしていつものように頭を傾けたまま、ちょこちょこと小走りにこちらに向かってきます。
そして一緒にエレベーターに乗り込むと1階で一緒に降り出かける僕を、相変わらず僅かに傾けた顔で見送りながらエントランスにじっと立っています。
とおるくんとは会話というものが成り立ちません。
ただただ僕の話すことを、ひたすらオウム返しするだけです。
例えば僕が「だいぶ寒くなりましたね」と言うと、
彼も「だいぶ寒くなりましたね」と返し、僕とエントランスで別れるまで頭を右側に傾けたまま同じ言葉を繰り返すのです。
「だいぶ寒くなりましたね」
「だいぶ寒くなりましたね」
「だいぶ寒くなりましたね」
……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それは雨が降り続いていた8月のある日のことでした。
朝方いつも通りエレベーター前でとおるくんに会った僕は何気なく
「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでもなって雨を止めてくれないかな」と冗談交じりに言いました
するといつもの通り、とおるくんは今の言葉を繰り返します。
「あ~あ、とおるくん、てるてる坊主にでもなって雨を止めてくれないかな」
「あ~あ、とおるくん、てるてる坊主にでもなって雨を止めてくれないかな」
「あ~あ、とおるくん、てるてる坊主にでもなって雨を止めてくれないかな」
……
引っ越した方が良いです。とおるくんが成仏してくれたらいいですね。
とおるくんにそんな事を言わなきゃよかったのかもしれません。