夜間の訪問者 Oさん
投稿者:しっぽ (1)
わたしは現在、とある介護老人保健施設に介護職員として勤務しています。勤めてもう8年ほどになりますが、仕事柄数々の不思議な体験をしてきました。それらの中で、今回はある同僚が実際に体験した不思議な話を一つご紹介したいと思います。
4年ほど前になります。
その時わたしは早番勤務でして、朝の7時までにユニット(介護職員が働く場所)に入らなければなりませんでした。
「おはよう!」
朝のユニットに入ると、夜勤明けの同僚が一人いました。そのまま口頭にて夜勤状況がどうだったのかなどの申し送りを受け、7時20分には入居者の朝ごはんが配膳車に載ってユニットへやってくるので、今度はその準備に取り掛かります。
まだ食堂へ起きてきていない入居者へ声かけをする。食前薬がある方へ服薬介助をする。食堂へ来ている入居者一人一人に「おはよう」と声かけしながら、コップの水とおしぼりを配る。そのような業務を一通り終えた頃、エレベータから配膳車がフロアへ降ろされる音が聞こえてくるので、その音を合図に職員二人で配膳車を受け取りに行く、という流れで朝の業務はいつもスタートしています。
降ろされた配膳車を食堂まで引っ張ってきて、ほんのり温まっているドアを開け、それぞれのお膳に箸とスプーンを入れていく。
そんないつも通りの作業をしている最中、夜勤明けのその同僚がこんな奇妙なことを言ってきました。
「ねぇ、昨日仮眠してたら夢見たんだけどさ。その夢にOさん出てきたんだよね。久しぶりにOさんと会えたよ。」
彼女の話すOさんとは、わたしたちが勤めているそのユニットにかつて暮らしていた入居者の方でした。90歳をとおに過ぎた白髪のおばあさんでして、車椅子を漕いで身の回りのことは何でもされていた方でした。確か、少し前何処かの施設へ退所したはずだったな。
「マジか、懐かしいな。」
「でさ、びっくりしたんだけどさ。」
「何が?」
「Oさん、独歩でユニット歩いてだんだよ。」
独歩とは、介護用語で『歩くこと』を意味するのですが、普段車椅子を漕いでいる方が車椅子を使わずに歩いているというのは、わたしたち介護職員からすると非常に大変な事でもあります。恐らくどこの施設でも発見され次第、大抵は「車椅子を使ってください!」と慌てて促されるという展開になるでしょう。
なので、その同僚もびっくりしたと話しているわけです。その同僚曰く、昨晩仕事中に眠してしまったらしく、ふと起きると数歩先に誰かが立っていたらしいのです。
徐夜灯しか付いていない、テレビも消えている夜の薄暗いそのユニット内に立っていた人影。それは、退所したはずのOさんでした。しかも、Oさんは車椅子を使わず、完全に独歩でその同僚のそばまで来ていました。
その光景はヒヤリハットそのものだったといいます。
「Oさん、危ないよ!車椅子どうしたの!?」
慌ててその同僚は椅子から立ち上がったその時、Oさんは同僚に向かって深々とお辞儀をしたらしいのです。
そこで目が覚めた。そう話しました。
「へー、そんな事が。なんでお辞儀してきたんだべな!」
「悪いと思ったからじゃね?Oさんの事だから。」
その時は、軽い笑い話で終わりました。
その日のお昼。
わたしは同僚が退勤した後早番業務に取りかかり、13時頃に休憩に入りました。同時に休憩に入った看護師と一緒に待機室で弁当を食べていたのですが。
「えぇっ!?」
その看護師が、新聞を見ながら突然すっとんきょんな声を上げたのです。びっくりして問いかけると、
「Oさんよ!あの前にここのユニットにいたOさんがさ…」
そう言いながら、その看護師は力強く開いた新聞の見開きを見せてきました。ビシッと差した指が置かれたのは、お悔やみ欄。そして、そこにOさんの名前が載っていたのです。
「…え。」
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