M子と安村似の話

しかし、そんなＭ子の不安を払拭するように運転手「災難やね」と柔らかい口調で話します。

何でも、運転手にはＭ子と同じ学校に通う息子がいて、所謂安村の父親と懇意にしていないグループの間では、Ｍ子は安村に狙われている可哀相な女子として専ら有名だったそうです。
息子から学校内でのＭ子の事を聞いていた運転手は、当然Ｍ子の名前を知っていて、町中でＭ子の名前を叫んでいる男子生徒とバスに乗って蹲る女生徒を見比べそう判断したのです。

「安心しんさい。あーいうのは町から一歩も出れん臆病もんやけ、追いかけやせんよ」

運転手はそう告げた後で「あの地主の権力も外じゃ何のいみのうけん」と付け足します。

Ｍ子は運転手が安村側の人間じゃないと分かり今度こそ肩の荷が降りたように力が抜けました。

「〇〇まで行きゃ大丈夫やろ。あんた何処いくん？」

「えと、〇〇です」

「んじゃ、〇〇で降ろすけ、そんまま〇〇行乗るとええよ」

運転手は朗らかにＭ子に乗り換えを教えると、お礼を述べるＭ子に対して「ええよ、ええよ」と軽く手をふって運転を続けました。

それから運転手の助言に従ってバスと電車を乗り継ぎ新幹線口に到着すると、そこから実家まで約二時間かけて実家に辿り着いた頃にはすっかり夜も深まっていたと言います。

突然実家に戻ってきたＭ子を見て両親はひどく驚いたそうですが、Ｍ子が安村から逃げて来たと知ると鬼の形相で「なんてことしてくれたんだ！」と逆に激怒されたそうです。
そんな両親に対して、Ｍ子は安村に強姦されそうになったことや学校でいじめられていることを淡々と打ち明ければ、さすがの頭のおかしい両親も「本当か？」とたじたじになっていましたが、Ｍ子が「あたしをあの村に追い返すなら自〇してやるから」と強気に言い放つと生唾を呑むように黙ってしまいました。

実際のところＭ子に自〇する覚悟なんて微塵も無かったそうですが、もし両親がＭ子が実家に戻ってきたことを村に告げ口して連れ戻されるようなことになれば、安村を〇してでも逃げ出す覚悟はできていました。

しかし、Ｍ子が実家に戻ってから村関係の話を聞くことはなく、あからさまに電話で話すなんて定番な密告も無かったそうで、しばらく休学している間に高校卒業認定試験を受けるために猛勉強を始め、転入した高校を両親に頼んで退学した後、認定試験を突破し一年遅れて大学受験に受かったそうです。
一年遅れたのは、大学費用とか生活費の貯えとしてバイト生活に明け暮れていたそうで、Ｍ子の中ではこの両親には絶対に甘えたくないという意地が芽生えてて必死にお金を稼いでいたためです。

わずか数年で大学費用や生活費を集めるなんて高校生には無理だったので、結果的にはほとんどの費用を親に出してもらったそうですが、それでもＭ子は今も貯金をしながら少しづつ両親に返す大学費用を集めており、大学卒業後に就職してお金が貯まったら全額親に付き返して関係を断つと私に告白しました。

それを聞いた私は「う、うん、がんばって」と気に効かない相槌しか出ませんでしたが、実の親に勝手に結婚相手を決められて、しかもよりによってその相手が性格が最悪な男だったとしたら私でもそんな親とは絶縁したくなると思い、Ｍ子にちょっと同情的になりました。

ここまで一気に自分の体験を語り終えたＭ子は、最後にこう言います。

「ちなみに、安村はキ〇タマ一つつぶれたっぽい」

その締めくくりに私は笑っていいのかツッコんだほうがいいのか分からず「あ、そうなんだ」とカラッとした返事をしました。

以上が私がＭ子から聞いた体験談です。
Ｍ子の話はどこまで真実でどこまで創作なのかは分かりません。
もしかしたら全て創作で、全て真実かもしれません。
ただ一つ、Ｍ子は後日、テレビでとにかく明るい安村を見て大笑いしていました。