きっちりさん
投稿者:夏人 (2)
そこまで話して屈託なく笑うAを見て、正直俺はほとんど信じていなかった。
多分、秘密にしたい恋人でもできたんではないか。同居がばれそうになって適当な話でごまかしてるんじゃないか、とあたりをつけ、「へー。すげえな」と話を合わせ、適当に大学の話題に話を移した。
その日は「きっちりさん」の話はそれで終わり、大学の話で盛り上がった。
その後、変に「きっちりさん」の話が俺の頭に残り、時折Aに、
「きっちりさん、最近どう?」
みたいな絡みをして、Aも、
「あいかわらずきっちりしてるよ。洗いもんとかもしてくれたら楽なんだけど」
てな感じで軽く返してた。
その年の終わりくらいだったと思うけど、また俺はAの家で二人で飲んでた。どうやったらかわいい彼女ができるのか、ゼミの子はどうだ、あいつとあの子はこうらしい、みたいなくだらないけど超楽しい話題で酒を進め、二人してかなり酔っぱらった。俺は原付なのでいつものように泊めてもらった。
昼前になって俺がリビングのソファで目を覚ますと、いつもは先に起きているAがいない。隣の部屋を覗くと、Aは自分のベットで芋虫みたいに丸まって寝息を立ててた。
「おい。俺、帰るぞ」
一応声をかけると、Aは「うん」とも「ふん」と聞こえる返事をして寝がえりを打った。俺は荷物をもって廊下を進み、靴を履いたところで、もう一度ふり返って「じゃあな」とAのいる部屋に声をかけた。今度はAの返事はなかった。俺は気にせず鍵を開けて外に出た。後ろ手にバタンとドアを閉めた。
さあ帰ろうと階段にむけて一歩踏み出した瞬間、
ガチリ
とドアが施錠される音が響いた。
俺は踏み出した姿勢で固まった。
誰が鍵を閉めた? Aか?
Aは確かに部屋で寝ていた。もしAなら、さっきの廊下をドアが閉まると同時に全力でダッシュしないと間に合わないぞ。しかも無音で。
ふり返ってドアノブを回して確認したかった。ドア越しに声をかけてAを起こしてもいい。
だが、俺はそのまま階段を駆け下り、原付に飛び乗って家に帰った。
それから、Aの部屋には行っていない。
Aは何度か誘ってきたが、適当な理由を言って断り続けた。就活の時期も重なり、ゼミの違うAとは疎遠になった。卒業後の様子も知らないし、調べたこともない。さすがに卒業後はもうあの部屋にはもう住んでいないだろうが……
ちなみに俺は、就職して数年たつ。Aのことも滅多に思い出さない。が、ふとした訪問先などで、去り際に背後で「ガチリ」とドアを施錠されると、今でも鳥肌が立つ。
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