怨嗟
投稿者:砂の唄 (11)
「いらっしゃい」眼鏡をかけた老人がレジのある机のそばに座っていて私に声をかけた。店内には色々な食料品や米の袋が並んでいて、端の方に複数のペットボトル飲料の入ったクーラーがありそこから2本を取り出し私はレジへと向かった。
「お兄さんはどこから来たの?こんな遠くまで」
老人は私が余所者だということを見破っていた。小さな村だから、知らない人間に気づくのは不思議なことではないだろう。
「東京ですよ。車で8時間くらいかけて来ました」
「それは大変でしたな。何もない村へようこそ。わざわざ何をしに?」
「数十分カメラ回すためだけに来ました。いやーくたびれましたね」
袋詰めをしていた老人の様子が少し変わり、私の顔をじっと見つめてきた
「お兄さんテレビ局の人かい?」
「いえ、何とかっていう映像制作会社ですよ。名前なんて言ったかな」
老人は急に立ち上がり店内に誰もいないことを確認して私に詰め寄った。
「あんた体は何ともないかい?」
「えっ?いや、なんともありませんけども」
「そうか…でも、今後体の調子が悪くなった時には病院のほかに…お寺とか、神社とかそういうところに相談に行きなさい。わかったね」
私はこの老人が何を言いたいのかを理解できていなかったが、その様子から本気でこちらのことを心配しているということはわかった。
「はぁ、えぇわかりました。気を付けます…」
代金を支払い私は店を出たが、老人は店先まで出てきて周囲を見渡し「不調があったらすぐだよ」と念押しをして見送ってくれた。私は買った飲料を口にしながら今のは一体何だったのだろうと思いながら、帰途を急いだ。
帰ってきたのは10時過ぎくらいで、Mはまだ帰ってきていないようだった。お手伝いさんがお茶とお菓子をだしてくれ、私は部屋でMが帰ってくるのを待つことにした。「あなた方はどういうお仕事の人ですか?」お手伝いさんは私にそう質問してきた。どうやらこの人には私たちが何をしにこの村に来ているのかを知らされていないようだ。撮影に来たことを伝えると「映画を撮りに来たのですか」と驚いたようだが、映画とはちょっと違うと説明した。「なんにしてもこの村が舞台になるというのはめでたいことです」と、とても満足そうな表情を浮かべていたが、肝心の内容が心霊番組であるため私は内容に触れず適当に相槌をした。
車の止まる音がして、Mが帰ってきた。「全部無事に終わったよ。俺の荷物と機材は車に積んであるからこのまま帰るよ」私は自分の荷物をもって玄関へ向かった。玄関先で娘さんとお手伝いさんにお礼を伝え、私たちは車に乗り込んだ。お手伝いさんは笑顔で手を振りながら見送ってくれたが、娘さんはやはり少し浮かない表情をして見送りに立っていた。
それから、行きと変わらない時間をかけ車は私のアパートの前まで戻ってきた。Mは封筒を私に手渡し「今回は本当に助かった。またひと段落ついたら連絡するな」と言って車を発進させた。行儀が悪いが、すぐに封筒の中を確認すると1万円札が2枚入っていて他には何も入ってはいなかった。
1か月ぐらいが経ち、私は求職活動をしながら悠々と過ごしていた。暇だったので私はあの時Mが撮影した動画がどうなったのか気になり、色々な動画共有サイトを探してみることにした。「心霊」、「廃墟」、「恐怖」などキーワードを打ち込み検索してみると、ある動画のサムネイルにあの一軒家が映ったものがあり、これだと思った私はその動画をクリックした。
動画のタイトルは「突撃調査 怨霊と遺産が眠る呪われた一軒家」であり私は胡散臭いものを感じながら動画ページを見ていた。投稿日は撮影に行った日から2週間過ぎた頃、結構な再生回数で、コメントも複数あり、ある程度反響のあった動画のようだ。
動画を再生すると、会議室のような場所でサングラスをかけたMが座っていた。Mは視聴者に向かって挨拶をした後、今回の調査対象の説明を始めた。
「今回調査するのはある廃墟です。場所は〇○県の海沿いにある小さな村で、その廃墟なんと呪われています。その廃墟には昔お金持ちのおじいさんが一人で住んでいたけど、ある日突然脳出血で亡くなってしまった。それから財産整理がされたけど銀行口座は空っぽ、おじいさん名義の土地や株券もゼロ。なので、家に札束とか金の延べ棒が隠してあるかもしれないと親族が家を調べに行った。探している途中、その一人が突然苦しみだして救急車で運ばれたがそのまま死んでしまった。死因は何と脳出血。偶然とは思えなかった親族は遺産を探すのをあきらめ、それ以来その家は封印されているということです」
説明の後Mは意気込みを話し「僕は幽霊より札束の方が気になります」と言い放った。
画面は変わり車の窓から村内を映した映像になった。「見てください。××村。ここですね」村名が書いた案内板はモザイクがかかっていたが、そのあとにちらっと映った看板にはモザイクがかかっておらず村名がわかる状態だったことを私は見逃さなかった。事実コメント欄にも村名を指摘するものがいくつもあり、××村の正体は既に公然のものとなっていた。
「探索の前に周辺住民に聞き込み調査を行いたいと思います」Mがカメラをもって村内を歩いていると、向こうから若い男性が歩いてきた。
「今この村にある呪われた廃墟について調査しているんですけど、お話を伺えますか?」
「呪い?ちょっとわからないですね」男性はそう言ってすぐに去っていった。
続いて中年の男性にインタビューしている画面に変わり「あそこはね、確かに人が死んでいるね。二人ぐらい死んだって聞いたよ。それから人が住んだって話は聞かないな。呪い?それはわからないなぁ」
素晴らしい