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ヒトコワ

砂の唄さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

怨嗟
長編 2022/06/13 19:26 42,525view
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「そういえば詳しく説明してなかったな。ここが今日の宿泊場所だ。この村にはホテルとかがなくて近隣から通うと不便だからって村長さんが泊めてくれた。すごいだろ」
 私は車中泊も覚悟していたため、「へぇ」くらいにしか思わなかった。だが、撮影に村長直々の協力があるとは、実は思っていたよりも大きな撮影なのかもしれないなとは思った。

 Mは車から荷物を降ろしてきて、そのまま機材の点検を始めた。機材と仰々しく言ってもカバンには小型のビデオカメラ、小さいライト、小さな箱のような機械が複数と何かのリモコンしか入っていない。やはり大した撮影ではないのかと思っていた私にMは手に持っていたリモコンを見せながら説明を始めた。「スイッチがあるのが分かるだろ?ここの1~4のスイッチだ。お前の仕事は車で待機しながら、俺が中に入ったらこのスイッチを順々に押すことだ。また後で確認するが1のスイッチを俺が中に入ってから10分後に、あとは5分おきに数字の順に押してくれればいい。」それはテレビのリモコンよりいくらか大きく、様々なスイッチが並んでいたが、私に関係があるのは数字が書かれたテープのあるこの4つだけというのは理解できた。

 私はMに対して当然ともいえる質問をした。
「これは何のスイッチだ?」
「そんなの気にしなくていいさ。危ないものじゃないし、言った通りにやってくれればいい。難しいことじゃないだろ?」
 Mは答えをはぐらかしたが、私はそれ以上追及をやめた。車でのMの様子を思い出し、詮索をしたところでMには答える気がさらさらないだろうと私は思った。

 夏とはいえもうすっかり日も落ち、娘さんに夕食を頼むと、立派なお膳に高級旅館のような豪華な夕食が部屋に運ばれてきた。その御膳や食器から村長という人物は相当の財力を持っている人間だということが見て取れた。もっとも見せつけられているというのが正直なところだったが。しかし、我々を客人としてもてなしているということは痛いほど伝わってくる。遠方から来ているというのは事実だが、このもてなしは我々のような若造二人にはいささか過剰なもので、この状況は自然なものであるとは言えなかった。

 時刻は20時半くらいで、先ほど点検した機材をカバンに戻しMと私は村長の家を出発しようとした。玄関を出るとき、村長が再び奥から出てきて「お気をつけて」と変わらない朗らかな顔で我々を送り出した。わざわざありがとうございます、とこちらが礼を言いたくなるところだったが、それだけ言うと村長はさっさと奥へ戻ってしまった。

 私は助手席から村の様子を眺めていたが、出歩いている人はゼロで対向車ともすれ違わず寂しい雰囲気が村を覆っていた。移動時間はほとんど一瞬で村長の家から5分とかからずに車はMが目的地と称する場所へと到着した。目的地だとMが説明したのは1階建ての小さい一軒家だった。

 それは庭と呼べるスペースもほとんどない狭い土地に立つ一見どこにでもある民家なのだが、異様なのはその外見があまりにもキレイだったことだ。確かに土の部分は雑草が生い茂って長い間人がいないということはわかる。だが、外壁や見えている限りの窓ガラスには劣化や汚れというものが皆無であり、その土地と建物とのコントラストが異様としか表現できなかった。立地にしても村の中心からは離れていたが、周囲には電灯のついた民家が何件も並んでいたため、ここが辺鄙なところという印象は受けない。不自然なところが微塵もないこの住宅地にこのアンバランスが堂々と存在し、恐らく誰もそれを気にしていないことが私には不気味であった。

 何も気にしていないのか、Mはさっさと運転席から降りて機材を取り出し始めた。手にライトとあの箱のような機械を複数持って「これから準備をしてくるから車で15分くらい待っていてくれ」と私に告げた。Mは物怖じする様子もなく、一軒家のドアを開けてすたすたと中へと入っていった。施錠はされていなかったようで、撮影だからあらかじめ開けてあったのだろうか、そんなことを考えて待っているとすぐにMは帰ってきた。それから改めて手順の確認が行われ、車からMが家の中へ入って行ったことを確認したら、時間を見ながら順番にボタンを押す、私の仕事内容に変化はなかった。

「それじゃ本番いこうか」Mはビデオカメラを手に持ち一軒家へと向かう。一軒家の前でMは自分にカメラを向けて何か話した後、中へ入って行った。それを確認した私はスマートホンの時計を見ながらスイッチを押す瞬間をじっと待つ。虫の声しかしない中、私は液晶画面とにらめっこを続け、10分が過ぎたその瞬間に躊躇せず①のスイッチを押した。スイッチを押すと何やら赤いランプが一瞬ついた以外何も起こらなかった。私はちゃんと作動したのか少し不安になったが、確かめるすべがない以上、やや緊張しながら次の5分後を待ってスイッチを押し続けた。次のスイッチを押してもやはり赤いランプが光る以外に何も手ごたえはなく、最後のスイッチを押したとき私のシャツは汗でぐっしょりしていた。

 ④のスイッチを押してからのことは何も聞いていないため私は車の中でじっと待っていたが、15分ぐらいでMは戻ってきた。Mはトランクを開け機材をしまい、運転席まで小走りでやってきた。「オッケーオッケー無事に撮影終了。機材も全部回収したからこのまま帰ろう」Mはけろっとした顔をしながら運転席に乗り込み車を発進させる。「5分は少し短かったな。8分ぐらいがちょうどよかったかもしれない」Mは肩の荷が下りたように色々と独り言を言いながら運転をしていた。私はなんだかすんなりと撮影が終わってしまったので肩透かしを食らったような気持ちだった。そもそも撮影の内容を知らない以上肩透かしも何もあったものではないが、まぁ終わったと言っているからいいのだろうと考えていた。

 22時くらいに村長の家に帰ると再び娘さんが出迎えてくれ、私たちに風呂場の場所を案内してくれた。自由に入っていいということを告げると、やはり奥の方へさっさと戻っていった。部屋に戻ると既に布団が二つ敷いてあって、私はいよいよ恐縮したような気持になり、そのまま風呂へ入って、すぐに寝てしまった。

 次の日、Mに起こされて時計を見ると7時を少し過ぎたくらいだった。起きてすぐ娘さんが朝食を昨日のようにお膳に乗せて運んで来た。やはり一般家庭の朝ごはんにしては手が込んでいて昨日の夕飯が思い出される。
 朝食を食べていると、ゆっくりとふすまが開き、そこにスーツ姿の村長が現れた。村長は相変わらず朗らかな顔でおはようございますと我々に声をかけてきたので、私たちも急いで立ち上がり挨拶を返した。
「昨日の撮影はどうでしたかな?うまくいったでしょうか?」
「えぇ、いい出来ですよ。順調に撮影できているので、予定通り今日の午前の分で撮り終えられそうです。」
「あぁそうですか。それは大変結構ですな」村長は笑顔を浮かべながらMの報告を聞いていた。

「今日の撮影場所には娘が案内をしますので。私はこれから役場に行かなければいけませんので、これで失礼します。町の方へ出かけますので、今日はもうお会いできませんが本当によく来てくれました」そう言い終わると村長は深々と頭を下げ、私たちもこちらこそと急いで頭を下げた。

 村長が玄関から出ていく音を確認した私たちは座って、食べかけの朝食に再び手を伸ばした。箸を伸ばしながらMが口を開く。
「予定通り俺は午前中、村の色々をまた撮影しなきゃいけないがお前はどうする?撮影は俺一人で全部やるから、ここで11時くらいまで待つか?」
「ずっと待っているのも退屈だから、少し外を歩いて来てもいいか?村の端の方から海がよく見えるらしいじゃないか。時間までには戻るからさ」
「そうか。迷子にならないと約束できるなら好きに出かけてくれ。ただ、車は俺が使うから歩いて行けよ」
「大丈夫だよ。昨日調べたら30分ぐらいで歩いて行けるらしいから」

 これからの行動の確認をした私達は朝食を終え、支度をしてそれぞれの行動を開始した。Mは娘さんを助手席に乗せて車を出発させ、私は少し遅れて財布とスマートホンをもって玄関へと向かった。村長の家は日中お手伝いさんを雇っていて、私はそのお手伝いさん(見た感じ70歳くらいのおばあさん)に見送られながら村長の家を出発した。

 通学、通勤の時間帯は少し過ぎていたためか、やはり村内の人通りはまばらであった。
たまにすれ違うのも大抵、腰の曲がった高齢者ばかりで若い人とすれ違ったという記憶はない。一本道の大きい道路をしばらく進むと、私は予定通りの時間で目的地の海辺へとたどり着くことができた。
 結論から言うとその光景は私の想像とはかけ離れたひどいものだった。濃い青色の海自体はいいが、砂浜にはごみやら枯れ木、海藻などが打ち捨てられお世辞にもキレイとは形容できないものだった。10分ぐらい海辺を歩いてみたものの、私はすぐに村長の家へ帰ろうとさっさとこの海辺を後にした。
 
 日差しが強くなり、気温も上がってきたようで私は汗をかきながら歩いていた。途中で海辺にあった自動販売機から何か買っておけばよかったと後悔をしていた。村内で自動販売機を見かけた記憶はなく、自動販売機を探すため違うルートにしようと、私は行きとは少し違う道路を選ぶことにした。自動販売機は見つからなかったが、道中小さな個人商店を発見することができ、渡りに船だと私は店内へと入った。

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コメント(1)
  • 素晴らしい

    2022/06/14/13:17

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