祖父から受け継いだもの
投稿者:Tひぐま (2)
私の出身は四国の漁業が盛んな地域で、うちの母の生家も代々漁師をしていました。私が子どもの頃はまだ祖父は現役の漁師で、遊びに行くといつも美味しい魚を食べさせてくれたものです。
祖父は龍太郎という名前で、私と二人の姉は祖父のことを龍じいちゃんと呼んでずいぶん懐いていました。母は一人娘で孫は私たちだけだったので、もともと子ども好きだった龍じいちゃんはよく私たちの遊び相手をしてくれました。とりわけ末っ子長男だった私は可愛がられて、小学生になると漁にも連れていってくれました。獲れた魚をすぐに龍じいちゃんが捌いてくれて、さっと醤油をかけて食べる刺身のおいしさは格別だったなあ。
龍じいちゃんは長男で、先祖から受け継いだ家に住んでいたのですがその家は同じく漁師をしている他の家よりも明らかに広くて立派でした。私もよく遊び行ったのですが、土間の玄関を上がるとすぐに広い表座敷がありました。そこは盆や正月に親族が集まると食事や宴会をする部屋だったのですが、壁沿いに仏壇と、木彫りの大きな恵比寿様の像が置かれていました。
龍じいちゃんによるとその恵比寿像は龍じいちゃんの祖父が漁をしているときに海に浮かんでいるのを見つけて引き上げて持って帰ってきたそうです。真偽のほどはわかりませんが、それ以降龍じいちゃんの祖父は大漁が続いて財を成すことができたとか。龍じいちゃんと祖母はその恵比寿様をとても大事に祀っていて、毎日のように布で磨いてお酒やお餅をお供えしていました。そのおかげか龍じいちゃんも腕のいい漁師でした。ツヤツヤと輝く恵比寿様はにっこりと微笑んでいて、子ども心に私もありがたみを感じていたことを覚えています。
ところで、私の田舎の風習で産まれた子どもには祖父母の名前をもらってつけるという習わしがあって、龍じいちゃんの祖父は龍という名前でした。名前が被ってややこしいのですが、その龍さんは晩年まで元気な人だったそうなのですが、ある秋の日の早朝海に浮かんで死んでいるのが見つかったそうです。元気とはいってももう80代だったそうで、日課の散歩中に足を滑らせたのだろう、ということで事故として処理されたそうです。昔は歩道が整備されておらず、一歩隣は即海、というような状態だったので不思議はなかったかと。
さて、私の大好きだった龍じいちゃんですが私が高校生のときに亡くなりました。当時すでに漁師は引退していたのですが小舟にのって釣りに行くことを趣味にしていて、その日も釣りに行った帰りに他の漁船とぶつかって海に投げ出されて溺死してしまったそうです。私も当時はまだ実家にいて、一報の電話が鳴って母が出たときも家にいたのですが、細かい記憶はほとんどありません。それほどに龍じいちゃんの死はショックでした。それから時が経ち高校卒業と同時に上京した私はそのまま東京で就職しました。
ある夏の終わり、私は龍じいちゃんの13回忌のために帰省しました。そのとき、母がバタバタと電話に出たりかけたりしているので何事か尋ねると、母のいとこが行方不明だというのです。母のいとこは龍じいちゃんの弟の長男で、2日前磯釣りに行ったきり帰ってこないという話でした。残された釣り道具の状況から、海に転落した可能性が高いとのことでしたが海上保安庁の船やヘリコプターが捜索したものの発見されることはありませんでした。
よく話をきいていると、そのいとこの名前は龍太さんだというのです。母はそのいとことの交流はあまりなかったようですが、龍じいちゃんは年の離れた弟(龍太さんの父)に対して親代わりのようにいろいろしてあげたそうで、それに恩を感じていた龍じいちゃんの弟は長男に龍の名前をとってつけたそうです。
昔から生活が海とともにある地域なので、海で亡くなる人は一定数います。それにしてもこれだけ一族の間で続くと、親戚のおばあちゃん達が「龍の名前は海に呼ばれている」とか「祟られてる」、「海からもらいすぎたのでは」だのいろんな言葉が聞こえてきました。
私個人としましては、これだけのことが起こっても海を怖がったり嫌いになったりすることはありません。故郷の海を見ると禍々しさや怨念めいたものは一切感じられず、表現しづらいのですが、ただそこにある大いなる母性のようなものを感じます。
ただ、一つ気になっていることがあって。名前の話に戻るのですが、私の名前は父方の祖父からもらっていて、二人の姉はそれぞれ父母両方の祖母からもらっています。大好きだった龍じいちゃんの名前だけ孫に受け継がれていないことが子どものときから気がかりでした。それで、龍じいちゃんが亡くなってちょうど10年経ったときに産まれた私の息子に龍斗という名前をつけたんです。龍斗は今では元気いっぱいの活発な小学生です。
実はこの話を今回こうして書き出すまでこの件についてすっかり忘れていたのです。そのことからもわかるように、私はそれほど気にしていないのですが、妻は信心深いのでこの龍の名前にまつわる一連の話をするべきかどうか迷っています。
途中までは少し怖かったのに。
祟りだなんだのといってるけど、海いって死ぬは普通よね。
龍は水と相性の良いイメージがあります。でもそれはプラスのもの。悪い連想はしない方がいいかと。自分だったら伴侶には言わないかな。誰しもナーバスになる時はあるので、情緒的なネガ要素は伝えないかな。
よくこのケースみたいに漢字を引き継ぐ事があるけど、それは祖先からの因縁も引き継ぐ事になるそうだ。
だから凡人家系はしない方が良いと名付けの先生が言っていた。