廃神社に巣食うもの

俺は子どもの頃から霊感があり日常的に幽霊や妖怪っぽいものを見てきました。その体験を生かして心霊系ユーチューバーとなった現在は、色んなチャンネルとコラボしています。SNSのダイレクトメールを介して心霊スポットの情報をもらい肝試しに赴くなど、ユーチューバーとしてはそこそこうけています。

ある時俺のチャンネルを見てくれている九州のファンから、彼女の地元で有名な心霊スポットの情報をゲットしました。それは九州の山中にある廃神社だそうで、奇妙な事件や不吉な噂が絶えない場所でした。

「なんで廃墟化したのかはよくわかんないんですけど、今も肝試しにきた人が消えたり境内で首吊りがあったり……とにかく気味悪い場所なんですよね。何年か前にはバラバラ死体の一部が遺棄されたし。ニュースにもなりましたよ、ご存じですか」

その事件は確かに聞き覚えがありました。男女の怨恨絡みの殺人で、猟奇的な犯行の全容がテレビや雑誌で騒がれていたように記憶しています。ダイレクトメールの添付画像には実際の廃神社にある鳥居と本殿も映っており、撮れ高が狙えそうだと思いました。
そこで俺は知り合いの心霊ユーチューバー２・３人に声をかけ、日程を調整して九州の廃神社に出かけました。レンタカーを借りて現地に到着した時には夜10時を過ぎており、森では梟が鳴いていました。

まず最初に目にとまったのはボロボロに朽ち果てた鳥居でした。試しにさわってみた所酷くささくれていて、指にトゲが刺さりました。

「いたっ」
「ばか、何やってんだ。とっとと行くぞ」

正直この時点で嫌な予感はしていたのですが俺一人引き返すなんて言えません。そもそも俺が今回の肝試しロケを企画したのですから、先頭を切らなければ男が廃ります。
くだらない見栄を張って真っ先に鳥居をくぐった瞬間ぞくりと悪寒が駆け抜けました。なんだろうと振り返ってみれば、廃神社に面した森からいやらしく湿った視線を感じました。

まるで誰かが、否、得体の知れない何かが森に潜んでこちらを見張っているような感じです。しかしそんな事を言っても取り合ってもらえず、こみ上げる恐怖をねじ伏せて先に進みました。

鳥居の向こうには荒廃した境内が広がっていました。本殿の建物は見る影なく崩れ落ちて瓦礫に帰っています。

「何も起きないな」
「やっぱりガセネタか」

同行者たちが残念そうに囁き交わすのをよそに、俺は先ほどから纏わり付く嫌な視線を意識せずにはいられませんでした。おまけにトゲが刺さった指はじくじく膿んで痛みだしています。

「なあ、この枝の折れ方変じゃないか？」
「ここで吊ったのかな」

同行者が指さす木の枝は途中でへし折れ、断面がギザギザになっていました。俺は境内で首吊り自殺があった事を思い出し、二の腕に鳥肌を立てました。

「なんだってわざわざ山奥の神社なんかで……」
「知り合いに見られたくなかったんだろ」

仲間の疑問にそっけなく答えて踵を返した時、境内の片隅に人影を発見しました。肝試しにきた奴と鉢合わせたのかと思いましたが、それにしては身体の輪郭がおかしいです。胴体と比べて首が不自然に長いのです。見えざる手に頭を掴まれ引き伸ばされたような感じでした。
固唾を飲んでさらに目をこらすと人影の首元にささくれた縄が巻き付いているのが見えてきました。次の瞬間、男の首が伸びているのは骨が外れていたからだと理解しました。

「うわああああ！」

恐怖が絶頂に達した俺は情けない悲鳴を上げ、一目散に車に逃げ戻ろうとしました。しかし慌てるあまり懐中電灯を落としてしまい、視界が真っ暗闇に包まれます。すると縄をたらした男が一歩また一歩と近付いてきて、俺の耳元に囁きかけました。

「呼ばれたんだ」

男がスッと指さす方を振り向き、そこに出現した物体に目を疑いました。空中に逆さまの鳥居が浮かんでいたのです。上下が逆転した鳥居の中心には渦が巻き、無数の手が招いていました。
一体アレはなんなんだ……地面に手を付いてあとじさった俺は、鳥居の中心に生じた渦から聞こえてくる声に固まりました。
おぎゃあおぎゃあと深夜の山中に響き渡るそれはまごうことなき産声でした。逆さ鳥居の中心から今まさに生れ出ようとしている異形の何かを想像し、全身の震えが止まらなくなりました。
連れの二人には宙に浮かぶ逆さ鳥居も黒い渦も見えないみたいで、真っ暗な境内を右往左往していました。
完全に腰が抜けてへたりこんだ俺の傍らを上半身だけの女が這っていき、逆さ鳥居の渦に飛び込みます。恐らくこの山に遺棄された被害者の死体です。発見されたのは上半身の一部だと聞いていました。
女の上半身を食べた鳥居はひと回り大きくなり、赤子の泣き声も膨れ上がりました。首からたれた縄をひきずる男も鳥居の中心に身投げし、鳥居がまたひと回り育ちます。