暗すぎる地下室の怪音
投稿者:ヨハンネ (8)
小学生の頃、父の仕事の関係でアメリカに住んでいました。治安の良い住宅街の立派な一軒家に家族で住んでいましたが、1つだけ子ども心に近づきたくない部屋がありました。それが地下室です。
アメリカでは作業部屋としてや食べ物の貯蔵に使われ、大体の家についているそうですが、夏でもひんやりとした空気やカビの臭い、窓のない真っ暗な部屋というだけで地下室に馴染みのないわたしには恐怖でした。
地下室への扉を開けると、そんなに長くはないはずの階段を暗闇が数段で消してしまって、地獄まで続いているのかのように見せました。唯一の明かりの小さい裸電球は、小学生のわたしには届かない位置までしか紐を垂らしていません。万が一閉じ込められてしまったら…想像するだけで鳥肌が立つ、そんな部屋でした。
わたしの父はとても厳格で、勉強はもちろん食事のマナーやドアの開け閉めの音、足音や声の大きさに至るまで父の期待に沿わないと怒られました。機嫌が悪いと当たる時もあり、なぜ怒られているのかわからずに叩かれることもありました。
その日わたしはそんな父の何かに引っ掛かったようで激しく叱られ、例の地下室まで引きずられて行きました。必死に泣きながら謝りましたが、地下の階段に立たされ、そのままドアを閉められてしまったのです。そうなると恐怖でまず声が出せません。声を出すと、地下室から何かが迫ってくるようで恐ろしく、文字通り声を殺して泣きました。
そうするとドアの前に立っていた父はわたしの泣き声が聞こえないのが気にくわないのか、わざと低い声を更に低くして、獣のような怖がらせる声をわたしに聞かせて言うのです。「地下室のオバケに食べられるぞ」と。堪らずわたしが「ひくっえぐっ」と声を漏らすと、満足したのか父の足音が遠ざかっていきました。地下室の前の部屋の電気も消されて、地下室の階段は。本当に真っ暗になりました。
何か恐ろしいものが見えたらどう、オバケが直ぐ隣にいたらどうしようという思いから真っ暗な中固く目を閉じて、手探りでドアノブを静かに回してみると、ガチッと音がして鍵もかけられたことがわかりました。
わたしは閉じ込められた恐怖で部屋中に響いているのではないかと思う程にバクバクと心臓がなり、その度に身体も震えました。息を吸う音さえも響くのではないかという静かさでした。目を固く閉じて、早く誰か出してと祈りました。その時、音が聞こえたのです。
それは衣擦れのような、何かを引きずるような音でした。地下室には缶詰め等の食料品や工具などが置いてあるはずですが、その何れとも紐付かない音でした。最初部屋の奥で聞こえたような気がしたのですが、しばらくしてもう一度同じ音が今度は階段の下で聞こえました。身体が凍り付き、それでも小学生の頭で何とか音の説明ができないか考えました。
自分が身体を動かしたからではないか、どこかから風が入ったのではないか、上の階の音が地下室の音のように聞こえたのではないか、心を落ち着かせようと必死に考えました。それでも間違いなく階段の下でまた聞こえたのです。息を止め、目を固く閉じ、階段の隅で自分の膝をギュッと握りしめながら祈りました。
その時、ガチッとドアの鍵が開く音がしました。父が開けてくれたのか、帰ってきた母が開けてくれたのか、わかりません。でもドアは開きました。怖くない、何もなかった、気のせいだ、と自分に言い聞かせてドアを開け、何事もなかったかのように地下室を出てホッとした時、直ぐ後ろで「はぁ…」とため息が聞こえたのです。
これは気のせいでもなく、恐怖のための空耳でもなく、間違いなく聞こえ、鳥肌が立って背中にゾワッと感じたのを今でも覚えています。それでも、わたしが後ろにいる何かに気がついたと気取られるのが怖くて前を見たままゆっくりドアを閉め、そのまま上の部屋へ全力で走りました。
実は今でも誰が鍵を開けてくれたのかわかりません。ドアを開けたときは誰もいませんでした。後日母と一緒にトマトの缶詰めを取りに地下室へ入った時、地下室には引きずるようなものはなく、あれが何の音だったのかもわかりません。ただ、何十年も前のあの出来事を忘れたことは1度もありませんでした。
異文化で仕事しながら、お父さんもギリギリだったんだろうなぁ。自分の子供をいじめてストレス発散するなんて。
父親の鬼畜ぶりのほうが、よっぽど怖かったです。