小学3年生の時、祖父が死んだ。
生前は、私のことをとっても可愛がってくれた。
ピアノの発表会も見に来てくれた。
いろんなところにも連れて行ってくれた。
亡くなる数週間前、祖父の緩和ケア病棟にお見舞いに行った時も、私が励ますはずだったのに、逆に私のことを励ましてくれた。
「春樹には、これからの人生いっぱい楽しいことや、嬉しいことがあるよ。
でもね、おじいちゃんが今になって思い出すのはね、悲しかったことや悔しかったことなんだよ。
でも、そのことを思い出して嫌な気持ちにはならない。あの時は悲しかったな、悔しかったなーって思い返すと、すごく胸がすーっとして、心が晴れやかになるんだ。
だからね、春樹には楽しいことや嬉しいことだけじゃなくて、辛かったことも大切にしてほしい。
その時は辛いかもしれないけど、時間が経てばそれも美しい思い出になっていくんだ。」
痛かったはずなのに。
怖かったはずなのに。
僕はその時、ただただ涙を流すことしかできなかった。
帰りの電車の車窓から見えた、あたり一面を真っ赤に染め上げている太陽は、今にも消え入りそうな祖父の命の灯を思わせた。
今にも雨が降り出しそうな、灰色の空の下で祖父の葬儀は行われた。
祖父は生前町内会の会長をやっていたこともあり、葬儀には多くの人が参列していた。
「お爺ちゃんは、たくさんの人に慕われていたんだ」
少し誇らしい反面、大勢の人の沈痛に満ちた表情が、また一層喪失感を重くした。
遺族用の控室から葬儀会場に入ると、隅に集まって何やら話し合っていた大人たちが、私の顔を見た瞬間に一斉に口を噤んだ。
葬儀は何事もなく進んでいった。
私は、水族館に行ったときに祖父に買ってもらったサメのぬいぐるみを抱きしめながら、僧侶の口から無機質に発せられるお経を聞いていた。
葬儀が終わり、私が従兄の後を追って葬儀会場から退室しようとした時、泣き腫らした目をした母に呼び止められた。
「春樹、今からお爺ちゃんと特に親しかった人だけで最後のお別れ会をするから、お母さんと一緒に部屋に残ってよっか」
何の疑問も持たずに頷いた私は、参列していた人々が少しずつ葬儀会場から退出していくのを眺めていた。
その時、母親がふいに、独り言のように呟いたのを憶えている。
「春樹、ごめんね。私たちのことを、お爺ちゃんのことを許してね。」
最終的には私と母親と祖母、叔父、叔母、他には見知らぬ大人5名が葬儀会場に残った。
私は、祖父の最後のお別れ会に呼ばれた唯一の子供であることを誇らしく思い、いつも祖父に対して反抗していた中学生の従兄に対して若干の優越感を抱いていた。
程なくして、さっきとは違う僧侶が入って来るや否や、他ならぬ私に対して口を開いた。
「春樹くんはこちらの椅子に座ってください」
いつの間にか、棺と参列者の間にある僧侶用の椅子は、参列者に対して横向きに置かれていて、それと向かい合うようにしてもう一つ椅子が用意されていた。
その時、自分の中に初めて明確な疑問を抱いた。
しかし、会場にいる全員からの刺すような視線と沈黙に対して、その疑問を口にする勇気は持てずに、言われるがまま、誘導されるがままに僧侶と向かい合った椅子に座った。
僧侶は私の前に座ると、さっきのものとは違う、おおよそ聞いたこともないようなお経を唱えだした。
それは、不気味な声質や文言からして、お経というよりも呪文といった方が正しいかもしれなかった。
参列者の方を見ると、全員が手を合わせる訳でもなく、目を見開いてただただこちらを凝視していた。
























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