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ヒトコワ

期待の新人さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

海岸
短編 2026/01/02 22:33 67view

その日の夜、私は愛犬のベタを連れて散歩に出かけていた。熱帯夜だというのに、夜の海風を直に浴びると骨まで凍えそうなほど寒かった。

夜の海というのは面白い。普段は人でごった返すこのビーチも今は誰もいない。波打ち際には精巧に作られた砂の城や、放置されたBBQの跡が点在していて、どこか異世界の廃墟を歩くような不穏な静けさがあった。

十分ほど歩いた頃だろうか。突然、ベタが歩みを止めた。いくらリードを引いても、岩のように硬直して動かない。

ベタの視線は私ではなく、遥か遠く、夜の海に向けられていた。

するとベタは歯茎を剥き出し、喉の奥から重機が軋むような、掠れ濁った声で唸り始めた。穏やかなベタが、こんな顔をしたことはなかった。

その瞬間だった。ベタが海に向かって、狂ったように吠えだした。

そこには、一隻の漁船が浮かんでいた。
波を一切立てず、滑るようにこちらへ近づいてくる。船体には無数のランタンが吊るされており、その灯りが、甲板の上からこちらを見つめる人影を映し出した。

ベタの吠え声が激しくなる。ベタは私を守るようにリードを強く引き、全力で私を来た道へ連れ戻そうとした。その尋常ではない力に引き摺られ、私は砂浜を後ずさった。

ボォォォォォ。

重く長い汽笛が響いた。空気が停滞するほどの重低音が鼓膜を震わせ、世界の音が消えた。

同時に、海岸近くの草むらから、無数の人影が現れた。彼らは無言でこちらを追う。足音ひとつしない。

私は逃げようとしたが、彼らの異常な身体能力に負け、組み伏せられてしまった。男たちはバッグから注射器を取りだし、それを私の首の動脈に突き刺した。

同時にベタが男たちの喉元に噛み付いた。男は知らない言語で叫び、ベタを蹴り飛ばした。視界がかすむ中、最後に見たのは、船から降りてきた数十の影が、砂浜を黒く塗りつぶしながらこちらを囲んでいく景色だった。

ーー目が覚めた時、私は病院にいた。
大通りに近かったため、ベタの激しい鳴き声を聞いた人たちが助けてくれたらしい。男たちはあの漁船に乗り込み、沖へと消えたのだそうだ。

だが、ベタはいなかった。
警察の話では、私の倒れていた周囲には動物の足跡一つなく、ただ真っ黒な液体の跡だけが円を描いて残っていたらしい。

退院後、私の首筋には、あの時の注射の跡が消えずに残っている。それは私に残る唯一のベタの痕跡である。と同時に、二度と海に行ってはいけないという戒めのように感じる。

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