有島化成は有島満郎が一代で築き上げた素材メーカーだ。戦後すぐに創業した小さな町工場で、プラスチックの加工の仕事を請け負っていたが、今では社員数千人ほどの大企業にまで成長した。創業者の有島は頑固者で有名で、会長に退いた後も、製品の企画会議に必ず参加して、ときには社長を含む経営陣を叱り飛ばしていた。
そんな有島ももう90歳で、病床にふせっており、先は長くないだろう。長い人生であらゆる夢を実現してきた彼だが、ひとつだけ実現できなかった夢がある。それは、彼が若い頃から夢見ていた「幻の素材」を発明することだ。それは 1) 透明で 2) 熱を100%遮断し 3) 熱しても絶対に変形しないプラスチックである。
病室に見舞いに行った社長の木村は、有島にこう告げられた。
「木村くん。ワシももう長くないだろう。最期に一度でいいから、幻の素材を拝んでから死にたかったのう。」
そう告げられた木村は居ても立っても居られなかった。透明で熱を遮断するプラスチックはもうすでに開発に成功しているのだが、3つ目の要件である、変形しないという点がどうしても実現できずにいるのだ。
社に戻って他の経営陣と議論した結果、木村は恐ろしいアイデアを思いつく。有島に、幻の素材がついに完成したと嘘をつくのだ。どうせ先の短い老人だ。嘘を言っても気づくまい。それよりも、最期に会長の喜ぶ顔が見たい。木村はそう考えたのだ。
有島はその話を聞いて泣いてよろこんだ。なにしろ、自分の長年の夢がついにかなったのだから。
「木村くん、最期のお願いじゃ。完成した幻の素材を抱いてワシは死にたい。火葬するときに、必ず棺に入れてくれ」
木村は有島の手を握ってうなずくと、そのまま有島は幸せそうな顔をして息絶えた。
有島の葬儀は盛大に行われた。約束通り、その開発途中のプラスチック素材を抱き抱えるようにして、微笑むような顔の有島に、皆は最期のお別れをした。そのまま棺は火葬場へ送られたが、火葬が終わり、収骨に立ち会った者たちは皆ギョッとした顔をした。プラスチックが熱で溶けて有島の顔を覆ったため、熱が遮断されて顔だけが残っていたのだから。そして、透明なプラスチックの下には、かっと眼を見開き、まるで騙された無念を訴えるかのように、大きく口を開けて怒りで歪んだ恐ろしい形相の有島の顔がそのまま焼けずに残っていたのである。
























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