地下道に響く下駄の音
投稿者:あまね (10)
去年の夏頃に体験した話。
私はその年の4月ごろから新しい職場に勤めていた。
職場と家はそれなりに近い。車で行くとむしろ車線の関係で遠回りになってしまうので、散歩ついでに歩きで通勤していた。
その通勤ルートには途中2回ほど地下道がある。
この出来事はそのうちの片方で起きた話だ。
夏のある日、仕事帰りに私がその地下道を通っているとカラコロと音がした。
見ると向かいから小学生くらいの男の子が歩いてきていた。ナップザックに濡れた髪、ビーチサンダル代わりに下駄を履いた姿でプール帰りなことが一目でわかる。1人で歩いているあたりあの職場の方面にある小さなプールだろうなということも推測できた。
男の子が楽しそうに跳ねる様に歩く音が地下道に反響して、下駄のカラコロという耳良い音がよく聞こえる。
田舎の夏の夕方らしい光景に、何だか不思議とノスタルジーな気分になった。
それからというもの私とその男の子は地下道でよくすれ違った。かなりの頻度だった。よほどプールが好きなのだろう。
話すことはおろか会釈もしない関係だったが、楽しそうな男の子の様子に何故だか不思議と癒された。
そんな日がしばらく続いて夏もまた終わる頃、いつもの様に仕事が終わり地下道を歩いていると、これまたいつもの様に下駄の音がした。
しかしいつもと違う点があった。
下駄の音が響くばかりで男の子の姿はどこにもない。
狭い一本道の地下道だ。死角になっていて見えていないだけということはまずない。
少し驚いたが何故だか不思議と怖いではなくて、ほんのりと悲しい気持ちになった。
恥ずかしながら普段の私は怖い話は好きだが小心者で、こんなことに出会したら怯えて走って逃げ出すであろう人間だ。なのにその時はなぜか僅かに悲しくなるだけで、驚きや恐怖はほとんどなかった。
家に帰った私は夏も終わりが近いことやその翌日から2連休だったこともあり、私もプールに行ってみようかと職場近くのプールの営業日を調べてみた。
すると男の子も通っていたであろうあのプールは廃業したらしい。昨日が最後の営業日だと書かれていた。
それ以降私が男の子とすれ違うことはなかった。
今年の夏になってもあの下駄の音が地下道に響くことももうない。
あのプールは今では取り壊し作業も進んでいる。
あの男の子はそのプールを気に入っていた人ならざるものなのか、もしくはあのプール自身なのか、それともただの偶然か、わからないがあの下駄の音をもう聞くことがないのは少し残念な気がする。
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