悲鳴の終わらない場所
投稿者:michiha (2)
私は32歳の主婦。
パートをしながら主人と猫と一緒に郊外のマンションに暮らしている。
ある春の日、私は二駅先にある駅前の商業施設へ買い物に行った。
買い物を終えて建物外に出た私は暖かな日差しと爽やかな風を感じて気分が良く、帰宅する前に少し散歩をしようと思った。
閑静な住宅地、彩り豊かな花が咲く公園、子供達が声を出しながらサッカーをしているグラウンドを横目に穏やかな気持ちで歩を進めた。
そうして、とある空き地に差し掛かったとき、突然血の気が引き、背筋がゾクっとして猛烈に気分が悪くなった。突然の頭痛に襲われ、耳鳴りもしてきた。
キーーーンという音で頭が酷くクラクラした。耳鳴りはキーンという音からだんだん変化し、キー、キィー、きぃあー、きぃああああああああああ、きぃやああああああああああ…と変化していった。頭が割れそうだった。そして薄れてゆく意識の中で私は理解した。これは耳鳴りなどではなく、悲痛なほどに叫んでいる声なのだと。
恐ろしい程に叫び続ける女性の声なのだと。
そうして意識は遠のいた。
目が覚めるとそこは病室だった。
顔色が悪い主人が私が目を覚ました事に気づき、看護師さんを呼んだ。
その後一通り検査をしたが特に異常はなく、
「倒れた原因はおそらく貧血でしょう。女性にはよくある事です。数値も悪くないですから、気分が悪くないようならすぐにでも退院して大丈夫ですよ。」と年配男性医師に言われ安堵した。
一度病室に戻った私に、主人は泣きそうな顔で「どうして?どうしてあそこに行ったの!せっかく家を取り壊して心機一転マンションで生活を始めたのに…。カズヤをあえて思い出すような…こと…!カズヤ……を…」と声を荒げ、声にならない声で彼は泣いた。
主人の悲痛な声を聞いたその瞬間、弾ける様にあのときの記憶が流れ込んできた。
私には昨年夏に亡くなった3歳の息子がいた事。
私が意識を失ったあの場所は、かつて息子も含めた私達家族三人と猫が住む家があった事。
暑かったあの夏の日、庭で息子がプールをしていた時に、私が思い出せない程たわいもない理由で駐車場の車を動かし、おそらく私を探しにきたのであろう息子が車の近くに走り寄ってきたことに気付かなかったこと。
そしてアクセルを踏んだ。
ドンっと揺れる激しい衝撃、一気に血の気が引く感覚。あっという間の出来事だった。
…動かない息子。私の叫び声。ご近所さんが呼んだであろう救急車のサイレンの音。
息子の命が徐々に尽きていくのを感じながら、声も枯れる程に泣き叫び続けた事。
ここからの記憶は断片的でしかないけれど、あまりに辛いこの出来事をなんとか乗り越えようと主人が住んでいた我が家を解体して更地にし、二つ隣駅のマンションに引越した事は覚えている。
そして私はこの辛い出来事を思い出さないよう記憶に蓋をしたのだろう。
私は愚かしい。自分が憎い。
まだぶかぶかな幼稚園服を着てニコニコ笑う可愛い息子を。だぁーい好き!と抱きついてくる愛しい我が子を。
この忌々しい手で殺めた。
カズヤ…和哉…ごめんね。愛している。ごめんね。大好きだよ。
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