最後のドライブ、そして挨拶
投稿者:take (96)
職場の上司のSさんに聞いた話です。
Sさんのお母さんは重い病気を患い、長い間入院していました。
そのうち、意識レベルも落ちて昏睡状態になり、いつなにがあってもおかしくない状態になり、担当医からも「覚悟をしておいてください」と言われたそうです。
Sさんは病院のすぐ近くにあるホテルに部屋を取り、いつでも駆けつけられるようにしていました。
その夜、Sさんは夢を見ました。
お母さんを車に乗せて走っているのですが、Sさんにはあまり馴染みのない場所だったり、そうかと思うと、親戚の誰々が住んでいる近所だったりするのです。
「ここをまっすぐだね」
「そこを右に曲がって」
「ああ、あの角のみっつ目だね」
と、お母さんが助手席から指示していて、Sさんがそれに従って車を走らせます。
「ああ、ここで停まって」
お母さんがそう言って停車すると、家やマンションや団地の前なのです。
「ちょっと待っててね」
お母さんはそう言って車を降り、一軒家の前でチャイムを押し、マンションや団地だと、その中に入っていって、しばらくして戻ってくるのです。
「じゃ、次はあっちの大通りに出てちょうだい」
と、お母さんが言い、またそれに従って車を走らせる、それを何度も繰り返すのです。
「ねえ、母さん、いつまでこれを続けるんだよ」
Sさんが言うと、
「次で最後だからね」
と、にっこりと笑います。
その笑顔はとても優しげで可愛くて『いい笑顔』だったのだそうです。
「ここで停めて」
そう言って停まったのは、Sさんが泊まっているホテルの前でした。
あれ、ここは……と、Sさんが怪訝に思っていると、お母さんは車を降り、ホテルへと歩いていきます。
その途中で、お母さんが振り返り、
「それじゃね、色々ありがとうね」
と、手を振りました。
そこでSさんは目が覚めました。
それと同時に、病院からお母さんの容体が急変したと連絡が入ったのです。
Sさんが急いで駆けつけると、お母さんの意識はなかったのですが、まだ息はありました。
そして、Sさんが駆けつけて数分後に息を引き取られたそうです。
陽が昇る直前のことでした。
ジーンするお話でした。
お世話になった方々に最後のお別れを言いに、夢枕に立つ、という行為をされたのでしょうね。
死の直前、もしくは死を意識した状態でこのような行動ができるのはとても徳が高い方だったのですね。
泣けるお話でした