溝の顔

私の弟は溝を覗くのが大好きでした。

何が面白いのかは分からなかったけど、小さい頃から溝をよく覗き込んで「汚いからやめなさい」と両親に怒られていました。

私は何をそんなに見ているのかと不思議に思っていました。

あるとき、弟に「何をじっと見てるの？」と聞いたことがあります。

そしたら弟が「顔があるの」ととんでもないことを言ってきたのです。

あまりに不気味な答えに、私も父も母も変な顔になりました。

そんなやりとりがあったせいか、それからなるべく弟が溝を覗き込まないように親が躾に厳しくなりました。

けれど弟の奇行は続き、親の目を盗んで溝に入ったりすることがありました。

汚い恰好で家に帰ってきたときの母の発狂ぶりは恐ろしかったです。

とにかく弟はとても変わっていました。

大人になり、子供のときみたいにむやみやたらと溝に顔があるなんて変なことは言わなくなりました。

けれど私は一つだけ怖いことを言われたことがあります。

それは20歳の誕生日のときに「俺は溝の近くで死ぬから」と不吉なことを言われたのです。

変なこと言わないでと私は聞かなかったことにして流したのですが、ずっと心に引っかかっていました。

そして31の春に弟は溝の近くで不審死したのです。

警察が来て調べてもらったけど、何が起きたか分からなかったです。ただ心臓が止まっていました。

警察は病死だと言っていたけど、私は今もそれをあまり信じていません。

弟はあそこで死ぬことが分かっていたようでした。

そして溝の顔がなんだったのか…今は弟に詳しく聞かなかったことを後悔しています。