池を求めて歩く者
投稿者:すだれ (27)
友人が幼少期に住んでいた家の庭には、枯れた池があったらしい。
「結構山の中に建ってた家でさ、広いし家賃も安いしで、親は即決。内覧ついて行ったけどガキの頃だしなぁ、家具置いてない広間を兄弟と走り回った記憶しか無かったよ」
引っ越す前に住んでいた家と比べても広い敷地と庭に、友人と弟は無邪気にはしゃいでいたという。
玄関から庭の方向へ長い廊下が渡り、両脇にリビングや台所、各々の部屋。広めの洋間を子供部屋に宛がわれた兄弟は大層喜んだ。
庭池というのか、それはすでに存在していて、ただ水が張っておらず枯葉に埋もれて端に佇んでいた。友人は池跡の存在に引っ越し作業中に気付いたそうだ。
存在を忘れ去られたような侘しさを醸す枯れた池跡。
「両親は引っ越したらそうする予定だったって言ってたけど、当時メダカを水槽で買ってたから、『庭の池掃除して、メダカそこで泳がせてやれば喜ぶぞー』なんて言って、引っ越し終わって落ち着いてから家族で庭池掃除して水溜めたんだ」
枯葉を除去し磨き上げ、水を溜める。メダカたちを放流してしばらく待てば居心地よさげに泳ぎ回るメダカたちが見られ、家族はみんな満足げな表情でそれを眺めていた。
「…どうした?顔を顰めて」
「いいや、まだ何もない」
「『まだ』か」
「気にしないで、続けてくれ」
「…引っ越してしばらくは、何もなかったんだ」
家族で過ごすうち、弟が妙なことを言い出した。
「まどの外、だれか歩いてる」
弟が窓を指差すのは夕飯時、ダイニングキッチンで皆で食卓を囲んでいる時だった。
いわく、窓の外を玄関方面から庭の方向へ何かが歩いていく影が見えるのだと。
台所の窓にはめ込まれているのは磨りガラスで、誰かが窓の前に立っても輪郭以上の情報は得難い。実際弟にも、その影が男か女か、老人か子供かはわかっていなかった。しかし弟はその影を酷く怖がった。友人の隣に座る弟の席からは窓が…窓の外が否応なしに見えていたから、ついに台所に入るのを嫌がり出したため敢え無く食卓をリビングに移した。
「ご両親は、窓の外の影は見なかったのか?」
「見なかったねぇ。親どっちとも霊感みたいな、今までもそういうのに縁なかったって言ってたし」
「君は?キッチンでの君の席は弟君の隣だったんだよな?君には窓の外の影は見えていたのか?」
「…あー…うん、まあ、見えてた。だから弟が怖がる気持ちもわかったし、リビングで飯食うようになって正直ホッとした」
友人には影が庭の方へ向かう際の足音も聞こえていた。
磨りガラス越しに見えるそれは身じろぎするたびに、べちゃりべちゃりと水を含んだ音を響かせていた。
「あからさまに顔色悪くするじゃん」
「そんなことはない」
「続き喋るよ?」
「頼む」
リビングで囲む食卓に慣れた頃、それには何気ない瞬間に気付いた。玄関前に、水が落ちた跡が残っていた。無色透明の水は水道水とも区別が付かない。ホースで撒いたというより、水浸しの身体のまま長時間そこに佇み続けたような、そんなしっとりとした水溜まりだった。友人はすぐに、台所の窓の外を歩く影の仕業だと思った。
「当時は子供ながらに『ヤバい!』って思ったよ。何となく、庭に行きたいヤツなんだろうなって思ってたし、台所の脇の方から庭に行けてるというか、目的は果たせてるって思ってたし。
でもさ、玄関にジッと立ってるって気付いてさ、
『もしかしてアイツの目的ってただ庭に行くだけじゃないんじゃないか』って。
何なら、『アイツの目的って家の中に入ることなんじゃないか』って。
だから玄関前の跡見て、『入口がバレた』『アイツが家の中に入ってくるのも時間の問題だ』って焦った」
「…弟君は?」
「同じように考えてビビッてた。でもどうしたらいいかなんて当時の俺たちじゃわからないし、親はピンときてない感じで相談もできなかったんだよなぁ」
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