強い女
投稿者:道しるべ (4)
私の知り合いにはとても強い女性がいます。
身長は170cm以上あり、学生時代は柔道の全国大会に出場するレベルの実績をあげるも推薦などはすべて断り独学で難関大学に合格し社会人となってからも20代のうちに社内で唯一の女性管理職となるなどまさに文武両道を絵に描いたような女性です。
そんな彼女も人生で一度だけ、とても怖い体験をしたことがあるそうです。
それは彼女が今の会社に勤め始めてから数年後、ようやくある程度の貯蓄ができたのでワンランク上のマンションへと引っ越したときの出来事でした。
彼女が引っ越したのはオートロック付きのマンションの7階で、立地やセキュリティなどは申し分ないのですが部屋の形状の問題なのかエアコンが効きにくいという欠点があったそうです。
なので夏場は窓を開けたまま生活してしまうことが多かったそうなのですが、その日はうっかり窓を閉めずに出勤してしまったらしいのです(オートロックであることに加えて7階でもあったので多少防犯意識が希薄になっていたのかもしれませんね)。
窓が開けっぱなしなことなどすっかり忘れた状態で帰宅した彼女が部屋に入ると、そこには窓枠から侵入しようとしてる人影が目に入りました。
思わず大声を上げると侵入者はそれに驚いたのか足を滑らせて窓の外へ転落してしまったそうです。
彼女は慌てて警察と救急車を呼びました7階ですから当然助からず侵入者は即死だったそうで、結局その人物がどんな目的で彼女の部屋へ侵入しようとしていたのか(物取りなのか性的暴行目的だったのか)も謎のままでした。当然一度も面識のない人物だったそうです。
バリバリのキャリアウーマンで男勝りな彼女もさすがにこの事件はこたえたらしく、しばらく休暇をもらって再び引っ越したとのことでした。
職場や周囲の人たちはしばらく気を遣って腫れ物に触るような扱いをしていたそうですが、気丈に今まで通り――いやむしろ今まで以上にエネルギッシュに仕事をする彼女を見て誰もがこう思ったそうです。
「ああ、やっぱり強い女性なんだ」と。
……ここからは私だけが知っている真実をお話します。
上に書いた話はあくまで警察に彼女自身が話したことです。当然誰もそれを疑うことなどはなく、それがこの「事件」の真相として記録されています。
でも本当は違うのです。他ならぬ彼女自身に聞いたのだから間違いありません。
とはいっても事実と異なる部分は一か所のみです。
”足を滑らせて”
ここだけです。
彼女は侵入者を発見した瞬間……悲鳴などあげずに猛然と駆け寄って蹴りを入れたのです。
今まさに窓から侵入しようとしていた不審者はひとたまりもなく転落していきました。
侵入者は彼女に突き落とされていたのです。
相手は独り暮らしの女性宅に侵入しようとしていた不審者ですから突き落としても正当防衛と言えなくもないでしょう。いや、それでも過剰防衛と言われてしまうかもしれないから警察に嘘を言ってしまった彼女の気持ちもわからなくはありません。
私は必死で彼女の告白を受け入れようとしました。
「仕方のないことだ」と自分に言い聞かせるようにつぶやきました。
そんな私の感情を見透かすように彼女はこう言い放ちました。
「私絶対このチャンスを逃したくなかったの。だってもう二度とないかもしれないんだよ?人を殺しても罪に問われない状況なんて」
強いというか恐いというか
怖くはないかな……?勝手に人の家に入ってくる奴の方が怖いので落ちてホッとした