ひょっとこ
投稿者:壇希 (11)
「最近、うちのコンビニが変なんだよ」
市内でコンビニを経営している井上さんが、私にそう漏らしてきたのは、ちょうど一年前になるだろうか。
「どうしたの?変な客に定着されちゃったの?」
「いやあ、そんなんじゃないんだけどさ……」
おかしなことが起こり始めたのは、二週間ほど前からだという。
「小さい子連れの客が来てレジ打ちしてるだろ?そしたら、客の子供が俺のほう見ながら変な顔しやがるんだよ」
「変な顔ってどんな?」
「こうやって口を窄めて横にひん曲げんだよ。それで俺と目が合うだろ?そしたら目も明後日の方に向けやがって」
まるでひょっとこのような顔だったという。
「たまたま落ち着きのないガキだっただけじゃないの?」
「いやあ、それが一人だと俺もそう思うんだけどさ、何人も続いてるんだよなあ。最近じゃ、小さい子供がレジに来たときは絶対あのひょっとこ面しやがるんだよ」
傍から聞いていると可笑しな話だが、井上さんは深刻に感じていたらしく、いつものおちゃらけた性格には不似合いな、深刻な顔を覗かせていた。
「最近店の売り上げも減ってきてるし、変な問題抱えたくないんだけどなあ。嫁の出産も控えてるってのに、困ったもんだよ」
そういうと井上さんは、どこか疲れたように力なく笑った。
その二か月後、私は久し振りに井上さんに会うことができた。
「どうしたの、最近顔見せないじゃん」
「ああ、店のアルバイト店員が何人か辞めたりしてね。仕事が忙しかったんだよ」
「そう、どこも大変だねぇ。まあ、たまには息抜きもしないとさ、顔が疲れ切っちゃてるよ?」
「ああ、……悪いね。……前にひょっとこの顔の話したの、覚えてる?」
「え?ああ、覚えてるよ、小さいガキがからかってくるんでしょ?」
「それがさあ、最近子供だけじゃなくなってきたんだよ……」
つい先日、井上さんのコンビニに女子大生が面接に訪れたのだという。辞めた店員の穴を埋めるために、井上さんが募集をかけたのだ。
「お待ちしておりました。さ、どうぞ中に入って」
井上さんは女子大生をレジの奥にある狭い事務所に通した。
「失礼します」
女子大生は少し緊張しているような様子だったという。
「明るくて真面目そうな子だったから、簡単な質問幾つかして、受け答え出来たら採用するつもりだったんだよ」
その女子大生は受け答えも何ら問題はなく、井上さんは彼女に、すぐにでも仕事に出てもらう気でいたという。
「あの……、隣の人は誰ですか?」
突然女子大生が涙声で聞いてきた。視線を落としていた井上さんが、えっ?と顔を上げると、女子大生は目に涙を溜めながら、井上さんの顔とその左隣に、交互に目を配っていた。井上さんの隣にはもちろん誰もいない。
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