泥の花嫁
投稿者:壇希 (11)
「敏也? お前敏也じゃねえか?」
時刻はもうすぐ夜の九時をまわる頃、残業帰りの俺は最寄りの駅を降りたところで声を掛けられた。
「やっぱり敏也だ。何年ぶりだ? 懐かしいなぁ」
「俊太郎? シュンじゃねえか! こんなとこで何やってんだよ」
「二年ほど前から仕事で東京に住んでるんだ。ここら辺には最近引っ越してきたんだ。トシもここら辺に住んでるのか?」
シュンは地元、九州にいた頃の親友だ。十年前に私が上京してからはなかなか会うことが出来ず、いつのまにか疎遠になってしまっていた。
俺は久しぶりの親友との再会に、胸が躍った。
「ああ、俺の住んでるマンションはすぐそこだよ」
「独り身か?」
「え? ああ、結婚はしてねえよ。なんでそんなこと聞くんだよ?」
「よかった、俺も独り身なんだ。今日は心置きなく飲めるな」
そういう事かと合点が言った。カミさんがいればあまり遅くまで引き留められないという事だろう。
正直なところ、俺は明日も仕事が入っているからそんなに長居はしたくない。ブラック企業は夜が遅く朝は早いのだ。
しかし、十年ぶりに会った親友を前に、そんな事を言うのは野暮だろう。現に俺自身、彼と話したい事が山のようにあるのだ。時間はいくらあっても足りない。翌日の事など考える余裕はなかった。
「ああ、今日は飲もう」
「ついてきてくれるか? いい店を知ってるんだ」
俺ははやる気持ちを抑え、誘われるままシュンの後をついて行った。
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俺たちが店を出たときは、すでに深夜二時をまわっていた。
「ああ、よく飲んだ。もう酒はいらねえ」
「ああ、久しぶりに美味い酒だった。トシ、今日は俺の家に泊まって行けよ。すぐそこなんだ」
流石に明日のことを考えると、自宅に帰らないとまずいのだが、酒でバカになった俺の頭ではそんな事まで考えが及ばなかった。
「行こう、朝まで飲もう」
俺は千鳥足で近くのコンビニに向かい、酒をしこたま購入すると、シュンに連れられ彼のマンションへと向かった。
うらやましい