夜の路地に響く歌声
投稿者:壇希 (11)
これは私が八歳の時に体験した話です。
その日、私は夕方の六時過ぎまで友達の家で遊んでしまい、母の怒った顔を想像しながら家路を急いでいました。
モコモコの上着を着ていても寒さの刺さる、真っ白な季節だったのを覚えています。
私の周囲は既に薄暗く、ぽつりぽつりと立っている街灯の周りだけがぼんやりと照らされていました。
暗闇に目を凝らしながら帰路を急いでいると、どこからか女性のとても綺麗な歌声が聞こえてきたのです。
その声は微かにしか私の元に届いていなかったのですが、聴いているととても心地が良く、私は自然と声の方へと視線を這わせていました。
その歌声は私の進んでいる方向から聞こえているようでした。どうやら少し先の、曲がり角の向こうから聞こえているようです。
道を進む毎に歌声は大きくなります。
そういえば、私はこの歌を知っている。幼い頃、母が私によく歌ってくれた子守唄。とても居心地の良い母の声。
私の幼い心は懐かしい気持ちに満たされ、無性に母に会いたい衝動に駆られました。
しかし、感情にまかせて走り出した私が曲がり角を曲がるのと同時に、母の歌声はぶつりと途絶えてしまいました。
私の視線の先には、街灯の下に蹲っている人影がいるだけです。
言い方は悪いのですが、ルンペンのような服を着ていて、あまり関わりたくはない感じの人でした。
なのに、私の足は不思議な力に引き寄せられるように、その人影の方へと向かっていくのです。
あっという間に私は人影の前に来ました。髪はギシギシですが真っ直ぐ腰まで垂れていて、どうやら女性のようです。
そして、その女性が顔を上げました。
私は声も出せないほど驚愕しました。その汚い女性は、紛れもない私の母だったのです。
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